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王都は悲しみに暮れていた。何故なら国民全員が愛する第三王子殿下が半年間ずっと消息不明のままだからだ。愛情深いと有名な王様や王妃様を始め、兄王子殿下やエルドレットを慕う家臣たちや下働き、国民全てに至るまで全員が王子の身を案じて無事を祈っている程だった。
第三王子、エルドレットは優れた王子だった。常に魔物の脅威に脅かされるこの世界では身の危険など日常茶飯事だ。そんな中、王族でも関わらず民を助けに奔走する彼の姿は当然みんなから尊敬され、好かれていた。
王族も家族に対して関係が冷めているということもなく、別れが当たり前にあるこの世界では平民の一般家庭のように仲が良かった。王族特有の責任があるため教育には厳しいが愛情深い。そのため突然のエルドレットの行方不明に王妃は心労で倒れた程だ。王も息子の身を案じながらも政務を止めるわけにもいかず、心配と心労で窶れて日々体調を崩していた。
夕日が沈む静かな執務室で背中を丸める一つの影。それはこの国の王様だった。その背中にはいつもの威厳は無く、ただ萎びた雰囲気だけを漂わせている。
何故、あの日。いつも通りにエルドレットを送り出してしまったのか。エルほどの腕なら問題はないだろうと、護衛もつけずに送り出してしまった。あの時どうして、と後悔だけが何度も頭の中を駆け巡る。
エルが聖女をずっと探し回っているのは知っていた。あの日、聖女が城から消えた日のエルは見ていられなかった。いつもなんでも器用にこなしてしまう息子の焦燥した表情。政務をいつも以上に早くこなして時間ができる度に聖女を探していたことは知っていた。日に日にやつれていく様にそれを止めたくなったが私には止められなかったのだ。その理由を私が、作ってしまったから。
「こんにちはー」
「!!」
エルの写真を見ながらため息を吐いていると、突如背後から懐かしい声が響いた。不審人物だとあわてて振り向くと、今思い描いていた彼女がそこにいた。
「・・聖女ヒカリ」
衛兵を呼ぼうとしていた魔法具を下ろす。一瞬止まった息を吐き出して、立ち上がって向き直った。
「私を殺しに来たのか?」
突然の登場で驚きはしたが、彼女は転移魔法を使えることを思い出す。そして今更ここに来る理由を考え、予想した疑問を口に出した。
「そんな物騒で面倒なことしませんよ」
あっけらかんと言う声に内心胸を撫で下ろす。
「それで私が元の世界に帰れるなら別ですけど」
続いて紡がれた声が一段低くなって、再び気を引き締める。当然のことだが、ヒカリは召喚のことを許していない。相手が気にしていないような態度であっても、私たちが犯した罪は消えないのだ。
「ならば何用でここに来た」
彼女はあの日、私たちに失望したはずだ。当然私を憎いと思っていて、殺したいと思っていても仕方のないことと考えていた。あの頃はまだ魔王による被害で内政が落ち着いてなかったのでどうにか留めたかったが四年経った今、国は落ち着き第一王子も自分の後継として任せても問題ないくらいには育ってきている。ヒカリが何を望んでも、次こそは何でも叶えようと思っていた。
「こちらをお届けに来ました」
ぽい、と少し雑に目の前に置かれた包み。予想外の反応を怪訝に思うも、聖女はにこりと笑ってそれ以上は何も言わない。仕方なく机の上に置かれたそれを開くと、ぱらりとこぼれた金糸。
「・・これは」
「第三王子の髪の毛ですねえ」
「!!!!」
先程の聖女を気遣う気持ちは消え失せて、掴みかかる勢いでヒカリの肩を両手で掴んだ。
「なぜこれをヒカリが・・! エルは無事なのか?!」
「痛いんですけど」
飄々とするヒカリに心がざわめく。エルはずっと彼女を探していた。寝る時間を惜しんでまでずっと。行方不明になった日も、いつものことだと気にしなかった。二週間くらい不在が続いてやっと不審に思い、捜索した時には既に遅かった。その日を最後に、エルの消息は途絶えたのだ。
キースから聞いた最後にエルと会った場所に向かったが、そこにはまるで何もなかったかのように森が続くだけだった。何故そこにエルがいたのかキースは言わなかったが、今思えばそこにヒカリもいたのかもしれないと思い至る。
「そんなことより、王様」
「そんなことだと・・?」
パッと振り払うように転移で私から距離を取るヒカリ。そうだ、彼女は転移魔法の使い手。対応を間違えれば手の届かない所へ逃げられてしまう。ずっと王城を訪れなかった彼女がわざわざ王が一人の時を狙って訪ねてきたのは何か話があるはずだ。そう思い至り、エルの情報を持っている彼女が逃げないよう、焦る気持ちを抑えて聖女の話に耳を傾けた。
私はあの子が聖女に気があることは薄々分かっていた。けれど国のために、個人の感情より国の命運を優先させた。幼い頃から教育してきた王族との責務を思い出させ、聖女だけを優先するなと言った。
けれど無事魔王を倒したら聖女の価値はとても高いものになる。だから王としての打算もあった。無事旅を終えたなら、聖女とエルと結婚させてもいい。どうせ聖女の願いは叶わない。だから旅に出る前にエルには真実を伝えた。聖女は元の世界に戻れず、ずっとこの世界にいることになると唆した。
それが誠実で真面目なあの子を余計苦しめることになるなど分からなかった。エルはいつもなんでも器用にこなしてしまう子だったから、聖女との関係も国に良いように築けると思っていた。けれど本気で恋をして、国と聖女の間で葛藤した結果があの日の結末だ。
聖女を失ってからのあの子は本当に見ていられなかった。だから政務を片付けた後に何をしても咎めることができなかった。それが今では行方不明になり安否すら分からない状態だ。
ただただ生きていて欲しい。ふとした瞬間にエルが今何をしているか、ちゃんと食べているかと気になり、気付けば元気であってくれと手を組んで願ってしまう。
王妃はずっと泣いているし、兄も政務の合間に情報を集め奔走している。あの子を慕っている臣下も自ら捜索し続けていることを知っている。皆がお前を慕っているのだ。どうか無事であって欲しい。
そんな皆から愛されているエルドレットの情報を握る人物が今、目の前にいる。半年たってようやく手掛かりが掴めそうなのだ。私はゴクリと唾を飲み込み、機嫌を損ねないよう細心の注意を払い耳を傾けた。
「私の願いを一つ、叶えてください」
「願い・・?」
「交換条件は王子様の安否情報」
「!!」
早る気持ちを抑えその内容はと聞くと、聖女は今までの飄々とした態度を消し、真っ直ぐに私を見据えた。
「聖女召喚に関する一切の情報の消去を望みます」
「それは・・」
聖女召喚は世界各国が持ち回りで実施される。この定期的に魔王が発生する世界でその方法を消すということは大罪である。魔王を倒す唯一の手段は聖女しかないのだから。もし今この国で保持している召喚に関連する資料を破棄したら各国から責められるだろう。最悪罪に問われるほどの大罪だ。
「・・・・」
言い淀む私の前にポイと、一冊の日記帳が投げ渡される。それはとても古い、手記だった。
「返事はこれを読んでからでもいいですよ」
「・・これは?」
出された交換条件の大きさに顔を青くする私の質問に聖女は答えず、ただにっこり笑った。
「これを読んだ後に、感想も聞きたいなあ」
切り取られたエルの髪の毛を摘み、挑発するかのように私の前でプラプラと揺らしながら。
よかったら★★★★★評価でやる気を注入してくれると嬉しいです。




