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22.5 はじまりの魔王 3

胸糞回です。ダメな方はスキップして、何でも許せる方だけお進みください。




「・・私、転生者なの」

「・・・・」


 処刑の日から数日経って、修道院に搬送される前日。ミザリー様が私が収容されている地下牢に一人でやってきた。

聞いてもないのに今までの種明かしを語る。


 どうやらこの世界は乙女ゲームのなんちゃらのなんとかという世界らしい。あまり興味がなかったので題名は覚えていない。

 異世界から転移してきた神子を巡って見目麗しい男たちが寵愛を競い合うという。その中でミザリーの立ち位置はアラン様ルートで立ちはだかる悪役令嬢という役割だそうだ。その中には彼女が死亡してしまうルートもあるらしく、それをどうにか回避出来ないかと前世を思い出した幼少期からずっと頑張っていたとのこと。


 前世の知識を駆使して、各キャラクターたちと親しくなるきっかけである悲しい過去とやらは全て払拭済みであり、その過程で皆仲良くなったと。だからヒロインが今更付け入る隙はないと言う。


「・・・・」


 ぼんやりと聞きながら、だからあんなにこの国の主要人物は全員ミザリーに熱のある視線を送っていたのかとどこか納得した。皇子は言うまでもなく、騎士団長の息子や天才魔術師、義理の兄などありきたりなメンバーが一様にミザリー様に付き添っていたのを思い出す。そういうことか。まるで逆ハーレムを成し遂げた鈍感主人公のような様を思い出して失笑した。


「でも強制力が怖かった」


 何も返事をしない私に構わず、ミザリー様は一人語りを続ける。アラン様はミザリー様以外の女を一時的でも婚約者のように扱うなんて嫌だと言ってくれたけど、ここはゲームの世界。強制力が働いてアラン様はミザリー様を見捨てるかもしれない。その時にはもうミザリー様はアラン様を愛していた。

 だから怖くてこの学園生活の卒業式までアラン様が変わらずミザリー様を愛していたら正式に婚約者になると約束した、と。最初は半信半疑だったアラン様も神子が召喚されるとミザリー様が言っていたことを信じ、ゲームの通り召喚されたヒロインを気に入ったかのように演じた。

 それがミザリー様を手に入れる条件だったからだ。もちろん他の攻略者たちも自分を救ってくれたミザリー様を盲信しており、全員がそれに協力した。


 ミザリー様が言った通りに陛下は神子を気に入り、アラン様の婚約者にしようとした。だがアラン様が手に入れたいのはミザリー様であり、仮令仮であっても婚約者の座に神子を据えたくなかった。

 だから陛下には卒業までは待ってほしい神子も召喚されたばかりで困惑すると嘯いて、ゲームとは異なりヒロインは真の婚約者にはならなかった。けれどミザリー様との約束があるから卒業までは神子をまるで婚約者であるかのように扱った。ゲームの通り皇子が神子に惚れ込んだかのように。


「でも、アラン様は私を選んでくださった」


 悲劇のヒロインのように、アラン様が学園生活の中であなたに優しくするのが苦しかった辛かったと零すミザリー様。綺麗に涙を流す様は演技のようで鬱陶しい。


「・・全部お芝居だったの?」


 大の大人に囲まれて、恐怖に震えていた私に優しく手を差し伸べたアランを思い出す。知らない世界は怖くて、一生懸命学園でこの世界のことを学んだ。神子という名前が重くて重圧に潰されそうになっていた私に優しい言葉をかけた皇子様に甘い感情を持つのは当然のことで。アラン様との思い出が次々と蘇る。大丈夫だと言って頭を撫でてくれた夜、君は魅力的だと笑った顔。


 ・・全て、全てが最初から嘘だった。


「そうよ」


 カラカラに乾いた声で問いかけた私にミザリー様は嬉しそうに微笑んだ。私は運命に勝った。小さい頃からの努力が実ったわと瞳をキラキラさせる彼女に、今まで死んでいた心に憤怒の感情が生まれる。


 なら、なんで召喚なんてしたんだ。そんな幼い頃からみんなと信頼関係があるならば最初から私を呼ばない努力をしてほしかった。アラン様や側近達のケアは丁寧にしたくせに、何故私の召喚を止めてくれなかったのだ。強制力って何。そんな曖昧なもののために、この世界の人たちに私は騙され、弄ばれ、道化にされたのか。


「・・!!・・・・っぁ!!」


 激しい怒りのままに、声を荒げる。しかし、水すらも滅多に運ばれない私の口からは乾いた音しか出なかった。虚しくガシャガシャと手錠が擦れる音が響く。

 

「本当はヒロインにも死亡エンドがあったのだけど、さすがに可哀想だから修道院へ変えてあげたわ」


 暴れ出した私に見張りの牢番がガンと思い切り壁を叩く。条件反射のように怯えて縮こまる私を見下ろし、ミザリー様は感謝してねと言わんばかりに去っていった。


「・・・・」


 なんて幸せなのだろう。この世界は悪役令嬢の逆転物語だったらしい。

私はこの世界の悪役。だってこの世界では権力者が正義だ。皇太子や公爵令嬢が私を悪だと言えば悪になってしまうのだ。


 面会が終わると私は地下牢に戻された。ネズミが走る床は汚くて嫌だったけど、牢番が怖くて体を小さく丸めながら震える。しばらく視線を感じたが、やがてカツカツと遠ざかる足音を聞く。それからも周りの受刑者からの卑下た野次をしばらく浴びせられ、それがやっと落ち着いてから呼吸を整えた。

 ここは劣悪な環境だ。貴人は通常座敷牢と言われる普通の犯罪者と分けて拘束されると聞く。人としての最低限の尊厳が守られるのだ。私も神子としてこの国に召喚されたのだから本来は例え罪人として拘束されていたとしてもそちらに入る筈なのだが、私は普通の地下牢に他の受刑者と同じ牢屋にいる。牢は別だけど格子越しに相手が見える環境にいる。

 国は、私をそう扱うと決めたのだ。それに私が異を唱えても、誰も耳を貸さないし助けてくれる人もいない。


「・・・・っ」


 ぽたぽたと涙が溢れる。この世界には私の味方はいない。法律も味方しない。ついでに言うならもう人権もない。

 召喚当時の呑気に考えていた自分が懐かしい。この世界では権力者の気分次第で私のような異世界人は弄ばれてしまうのだ。


 ミザリー様は行き先を処刑台から修道院に変えてあげたのだからよかったでしょうと言ったけど。きっと私がこの地下牢でされたことを知らないのだろう。こんな劣悪な環境で起こることなど想像に難しくない筈なのに。そしてきっと作物が育ちにくいと言われている寒い北の修道院でも、ここと似たようなことがきっと起こる。


 私はこれまでの事とこれからの事を思い、絶望した。























***



 人は何故自分をコントロールする力がないのだろう。物語のように心が死ねば何も感じなくなるというのは嘘だ。

とある早朝、私は一ヶ月掛けてこの寒い北の村の修道院へひっそりと搬送された。罪人を乗せた馬車は粗悪で乱暴に私を運ぶ。最低限の護衛をつけられたので道中死ぬ事はなかったけれど、それは酷いものだった。


 食事と水は最低限だし、中にはミザリー様を敬愛する側近の部下がいて暴言は当たり前で何度か殴られることもあった。それでも女としての興味は無いようで牢屋にいた人たちよりはマシだったけど、数ヶ月前まで高校生だった私の心は消耗した。道中何度も怖くて涙を零した。少ない食事で逃げる気力もなく、ただただ小さくなるばかり。


 そんな中やっと辿り着いた村はとても寂れていて、初めて来た私でも分かるくらい治安が悪そうだった。護衛は乱暴に私を修道院の院長に突き飛ばすと、さっさと馬車に乗り去っていく。


 特に感慨もないので中を案内する修道女についていき、これからどう過ごすのか説明を受ける。聞くと修道院とは名ばかりの便利屋のようなものだった。まあそれもそうだろう。一目見ただけでこの村が豊かではないことがわかる。活気もないし、農作物もあまり育っていなかった。畑を耕したり薪を作ったりするが、それだけでは食べていけないので村から要請があればそれを手伝って食べ物やお布施をもらっているという。

 その時はそんなもんかと思っていたけれど甘かった。この世界が私に優しくないと城で散々思い知っていたのに、馬車での1ヶ月で忘れていた。


「・・っ、・・痛、」


 仕事と称したこの恥辱に塗れた行為に歯を食いしばる。悲鳴をあげたら余計に殴られると知っているからだ。苦痛と屈辱しかないこの行為に涙を零しても誰も助けてくれない。むしろそれが当然だというように見てみぬふりをする。


 当初予感していた通り、この村の状況は厳しかった。気候もそうだが土壌も肥沃ではないようで貧しい。多くの人は違う村へ移り住むようになり、人口が少ない。小さな村は独自のコミュニティを築き、小さな独裁国家のようなものだった。村長のいうことはまず絶対で、次に力仕事ができる男が偉い。その他の女子供と老人は彼らの言いなりだ。

 そんなこと今の私の世界では考えられないが、そうしないと食べ物が手に入らない。他の村に行くにも路銀がないから逃げられない。だから自然とそうなっていき、当然新参者の私もそのヒエラルキーに組み込まれた。・・罪人の女として最下層に。


 労働は当たり前だし娯楽の少ないこの村で、毛色の違う私は格好の標的だった。この村に来て何度目だろう。もう私の心は壊れている筈なのに、それでも痛みや憤りを感じる。どこかの物語で心が岩になったら体は何も感じなくなると読んだのに。意識を逸らそうとしても体は痛みを訴えてくるし、心は悲鳴を上げて涙が止まらない。


「・・・・いたい・・」


 早く終われと願っても、現実は都合良くタイムスキップしない。無力な私に出来る唯一の抵抗は、長く感じるこの時間を歯を食いしばってひたすら耐えるだけだ。


「・・助けて・・おかぁさん・・・・」


 ぽたり、とまた一粒涙が溢れた。











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