22.5 はじまりの魔王 2
「さっさと歩け!」
牢にいた数日間で痩せ衰えた私の背中を兵士が突き飛ばした。体力が落ちたのもあるが、成人男性の容赦ない力に踏ん張れずそのまま転ぶ。後ろ手に縛られた両手では受け身も取れず、肩を思い切り打ちつけ悶えた。
「寝てないでさっさと起きろ」
「痛っ・・! 待って、立つから・・!」
痛みを食いしばって耐えているとその間すら惜しいのか、ただ意地悪をしたいだけなのか。私を突き飛ばした男が両手を縛っているロープを掴み、そのまま引きずる。転んだままの体勢で無理矢理引っ張られるため起き上がれず、擦り傷や切り傷が増えていく。酷くなる痛みに耐えられず悲鳴を上げるが、それが目的なのか余計に歩く速度を上げられた。
まるで物のように扱われることに涙が溢れる。男が一歩進む度に怪我がどんどん増え、痛覚は麻痺するどころか増していく。連れて行かれた場所には既にたくさんの人がいて、一段高くなった場所を囲むように待っていた。まるで家畜のように、紐で引きずられる姿を多くの人たちに見られることに羞恥を覚える。その現実を直視したくなくて、私は硬く目を閉じた。
「!!!!」
やがて男の歩みは止まり、無理矢理立たされる。閉ざしていた瞼を恐る恐る開けると、目の前にギロチンが設置されていた。
「いやあああああ!!」
見たこともないような巨大な刃物に恐慌状態に陥る。とにかく怖い。あの大きな重そうな刃は何。何するためのものなの。やめて。真ん中あたりが黒ずんでいるのは何故なの。怖い、いやだ。
体力も気力もこの数日で失ったと思っていたが、この瞬間はどこにそんな体力が残っていたのかと思う程めちゃくちゃに暴れた。とにかくこの場から逃れたかったのだ。
しかし痩せ細った女子高生なんて、戦いを専門とする騎士や兵士相手にあっという間に押さえつけられる。
「うあああ!! やめてええ!!!!」
4人掛かりでギロチンの台に縛り付けられる。それでも声がうるさかったのか、口にもロープを噛ませられて声を封じられる。必死に体を動かすが、拘束はびくともしなかった。
「・・・・!!・・・・!!!!」
なぜ。なんで?
私はただアラン様に恋をしただけなのに。
涙が溢れる。うつ伏せに寝かされるような体勢のため、あの恐ろしい刃は視界に入らないが、いつ落ちてくるか分からない恐怖が襲う。すると聴き慣れた声が響いた。
「これより、この国を陥れようとした罪人の処刑を開始する」
意思の強さを感じさせるような、大好きだった声。アラン様だ。唯一動く視線を横に動かすと、私がいる広場とそれを囲む人たちが見渡せるような、数段高い台みたいなところに彼がいた。その隣には寄り添うようにミザリー様がいる。その視線は不安げに私を見据え、そしてアラン様を見ていた。その二人を見ても、今のこの極限状態では何も思うことはなかった。ただこの場から逃げたい。死にたくない。それだけだった。
「殺せー!!」
「神子様の名を騙って皇太子様に取り入ろうとするなんて!」
「皇太子妃様に嫉妬した醜い魔女め!」
「殺せ!!」
「殺せ!!」
目の前に集まった人たちはみんな私を糾弾した。早くやれと叫んでいる。
・・怖い。怖い、怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い
異常な空気と恐怖感に頭が支配された。視界の端でアラン様の手が上がる。
「お待ちください」
今まさに振り下ろされそうになった腕が降りる前に、涼やかな声が遮った。決して大きな声ではなかったけれど、その言葉はその場にいる全員に響き渡る。
「・・どうした。ミザリー」
ピタリと止まった騒音を気にせず、アラン様が隣に座っているミザリー様に問いかけた。
「この処刑、中止していただけないでしょうか」
「・・いくらミザリーの願いでも、国を陥れようとした罪人を許すことはできない」
「分かっております。しかし彼女は若いのですから、更生の機会があっても良いかと存じます」
「だがあの女は君と俺の仲を裂こうとしてたのだろう?」
「それでも。“強制力”がそうさせたのかもしれません」
「しかし・・」
「私のせいで年若い彼女が死罪になるのは心苦しいです。どうか修道院への幽閉に変えてくださいませ」
どうか私の我儘を叶えてくださいと彼女は頭を下げる。皇太子との仲を引き裂かれそうになったにも関わらず、公爵令嬢のその優しい心に周りはおお、と感動する。流石は身も心も美しいミザリー様だと。アラン様もそんな幼馴染の姿に心を打たれ、結局は頷いた。
「君のお願いを叶えないわけにはいかないな。・・というわけだ。この女の罰は修道院に幽閉とする」
何か引っかかる単語が聞こえた気がしたが、ギロチンに縛り付けられたままの極限状態では頭に残らなかった。ただ呼吸は乱れ、息が苦しい。いっそのこと気絶したい。
「・・・・?」
しばらく会話する声が聞こえたあと、私は首が繋がった状態のまま地面に戻される。再び手首を縄で縛られたが、正常な意識が戻ったのは牢屋に戻された時だった。
その晩、私は一番規律が厳しいと言われている修道院に生涯幽閉されることが決まったと聞かされる。
そうして私は罪を犯したくせに生き延びた魔女と民衆から嫌われ、ミザリー様は自分を陥れようとした相手も思いやれる心優しい令嬢として、国の人気者となった。