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22.5 はじまりの魔王 1



「お前との婚約を破棄する!!」


煌びやかなシャンデリア、透き通ったシャンパン、色とりどりの花々が彩る華やかな舞踏会でその宣言はされた。


「・・・・え?」


その中央で座り込んでいるのは私。そんな私を見下ろすように階段上にいる二人の男女。


「どういうこ・・きゃあ!」


事態が飲み込めずとりあえず話を聞こうと立ち上がると、両脇から騎士が現れ無理矢理跪かされた。

力加減の無いその扱いに膝を思い切り打ち、じんじんと痛むがそれどころでは無い。


「一体何のことで・・」

「お前は神子の名を騙り、皇太子であるこの俺を惑わした。そして俺の愛しいミザリーを悪役令嬢などと偽り、婚約者の座を奪い取ろうとしたな!この魔女めが!!」

「・・・・は?」


舞台役者のようにつらつらと私を糾弾する、私の婚約者であるはずの皇太子アラン様。私はポカンとしながら数ヶ月前のことを思い出していた。







ーーー


「召喚は成功です!!」


気づいたら白亜の宮殿の一室にいた。周りはわあわあと熱狂する袖の長い白のローブを着た集団が騒いでいる。私はそんな白い人たちに囲まれ、その真ん中で事態が飲み込めず呆然としていた。視界の端で、つい先ほどまで食べていた棒付きアイスがポトリと落ちるのが見えた。


「異世界の神子よ、あなたを待っていた」


知らない人たちが狂喜乱舞する中、じわじわと恐怖を感じ始めたところに、一人だけ豪華な衣装を纏った金髪の青年が私に歩み寄り手を差し出す。年が近そうなその青年に安堵して、私はまるで初めて見た人を親だと刷り込む雛のようにその人アラン様に懐いた。


場所を移して王城の一室で話を聞くと、どうやら昔に異世界人を召喚した魔法陣を使ったとのことだった。その魔法陣はどうやって作られたかは不明だが、その異世界人はこの世界には無い様々な文明を持ち込み豊かにしたという伝承があるらしい。今回その神子を召喚した魔法陣らしきものを見つけ試してみたところ、本当に異世界人が召喚出来たのでお祭り騒ぎになったとのことだった。


ちなみにその超人的な偉業を成し遂げた異世界人の事は神子と呼び称えられているので、同じ異世界から来た私も神子と呼んだのだそうだ。


「でも私はただの学生ですし、お役に立てることは無いかと思います」


何か期待するような眼差しに申し訳なく返すと、この国の皇太子だというアラン様はにっこり笑って私の手を両手で包み込んだ。


「気にするな。大層なことはしなくていい。知識がなくともあなたは美しいのだから」

「いえ・・」


王子様というきらきらワードに整った容姿の人に優しい言葉を掛けられ、思わず頬が染まる。高校生の私にとって、王子様なんて夢の中の存在だ。その名に違わぬ金髪碧眼の色合いや美しい顔立ちに見惚れるが、ハッとして首を振る。


「私ではお役に立てないので、そろそろ家に帰りたいのですが」


乙女の夢である王子様というワードに後ろ髪引かれる思いだったが、そろそろ夕飯の時間だ。親も心配するし帰りたい旨を伝えると、その部屋の人たちの顔が曇った。


「すまん。召喚術は古い遺跡から発見したのだが、帰還術は見つかって無いのだ」

「そんな・・」

「神子を呼んだのは我々の責任だ。王族が神子の面倒を見よう」

「・・・・」


最初は帰れないと聞いてショックだったが、数日経つと毎日訪れるアラン様やお城の人たちの優しさに絆され、次第に私の心は前向きになっていった。


「アン、おはよう。今日も美しいね」

「アラン様。ありがとうございます」


私の部屋は何故かアラン様の隣にあるため、毎日朝食と夕食時に顔を合わせていた。アラン様は毎日のように何かしら褒めてくれるので、その度に顔が熱くなる。この頃には私もこの世界での生活に慣れていて、暇を持て余すようになっていた。


「アラン様。何か私に出来ることはあるでしょうか」

「うーん。アンは私の隣にいてくれるだけでいいのだが」

「私はアラン様の役に立ちたいです」


この世界の人たちは時折私に元の世界の知識を聞いてくるが、私はただの普通科の高校生で成績も真ん中くらいだ。特にこの世界に使えるような秀でた知識は無い。かろうじて何か思い出せても、元の世界では当たり前にある素材ありきの話だ。そもそもの原材料がこの世界の技術では作れないというか存在していないものばかりなので、私の知識はこの世界では全く役に立たないのだ。日を重ねる毎にそれを周りもだんだん理解してきて、最近はもう元の世界の知識について何も聞かれなくなりホッとしている。代わりに私は暇を持て余すようになったので、夕食の時にアラン様に何か出来ることが無いか聞いてみた。


「学園に通われてはいかがですか」


悩むアラン様に、後ろで控えている従者が応える。本来主人が許可していないのに身分が下の人が発言するのはダメらしいが、この二人は仲が良く、公式な場でなければこのように対等に会話していた。


「そうだな。俺たちも通っているし、アンが入学しても問題ないだろう。早速手続きを頼む」

「かしこまりました」

「ありがとうございます!」

「気にするな。可愛いアンのためだ」


もう元の世界に帰りたいとは思っていない。たまに寂しくはなるけれど、大好きなアラン様がいるこの世界が好きだ。それに明日からはまた学校に通えるし、楽しみが増えた。アラン様にお礼を言うと、アラン様も従者の人もにっこりと笑顔を返してくれて。この世界に来れて私は幸せだなあと思う。




ーーそう思っていたはずなのに、今のこの状況は何だろうか。


「アン、お前は俺の幼馴染であるミザリーを貶めた。さらに俺を始め側近たちにも近付き色目を使ったな。国に対しては神子と偽り国民全員を騙した。これらは国全体を混乱に陥れる罪だ。万死に値する」


この人は誰。いつも向けられていた優しい言葉と笑顔は欠片すらない。今はただ冷たい怒りをその瞳に宿して私を糾弾していた。


今日はいつも通り学園に行って、その後卒業パーティーに参加して。終わったらアラン様に改めて告白しようと思っていた。半年前、私を召喚してからいつも優しくしてくれてありがとう。ずっと好きでした。・・そう言おうと思って。


1ヶ月前にアラン様と出かけた流行りのドレス屋さんで買った、あなたに似合うと言ってくれた淡い桜色のドレス。それに合う髪型をメイドさんと毎日相談しながら今日のために厳選した。どう褒めてくれるかなって毎日どきどきしながら眠って、今日をとても楽しみにしていた。でもそれは無惨にも無理矢理跪かされ、ドレスは汚れて髪型は乱れている。


「アラン様・・」

「ああ、ミザリー。長い間寂しい思いをさせたね。すまなかった」


混乱しながら壇上の二人を見つめる私の視線の先で、とても美しい公爵令嬢がアラン様に寄り添う。


「君は幼少の頃からずっと懸念していたね。でも大丈夫。君が長年心配していた未来のように、俺の心はあの女に奪われていない。ずっと君のものだよ」


アラン様が隣にいる美しい女性の髪の毛を優しく撫でる。


「ミザリー、君を愛している」


その言葉と同時に頬が赤らみ涙を流すアラン様の隣の女性。


「そろそろ俺の正式な婚約者になってくれないか?」


その姿を私は両腕を押さえられ、髪の毛を引っ張り無理矢理上を向かされた惨めな状態で見せつけられる。確かに私はアラン様に恋心を抱いていた。でもそれは婚約者がいるとアラン様は言っていなかったし、会う度に美しいだの可愛いだのと言って口説いてきた。そんなことされたら普通に勘違いするじゃないか。それに彼の隣に部屋を手配されたりと色々と私がアラン様の恋人だと思わせるようなことがあったので、公に自分がアラン様の婚約者だと思っていた。


「ミザリー、嫌なら断ってもいいんだよ?お兄様が守ってあげる」

「軟弱野郎じゃミザリーを守れないよ。僕のお嫁さんになればずっと大事にしてあげる」

「もやしっ子じゃ不安だろ。俺の方が頼りになる」


涙目で返答に困っているミザリー様の後ろから、アラン様の従者の方が抱きついた。彼はミザリー様の義兄だ。それを牽制するように最年少で賢者になったという方と次期騎士団長と名高い騎士の方がミザリー様を囲んで現れる。彼らは全員アラン様の側近たちだ。


彼らとも私は面識があった。けれど普通に学園で会話しただけだ。先程側近たちに色目を使ったと言われたが、決して二人きりになったり、アラン様としたような甘い会話も視線も一切交わしたことはない。そしてミザリー様を悪役令嬢と貶めたと言われたが、彼女とは会話らしい会話すらしていない。数回だけマナーの指導をされたことはあるが「ご指摘ありがとうございます。次は気をつけますね」と無難な返事しかしていない。決して悪役令嬢と貶めたことなどないのだ。


「さて、愛しのミザリーとの長いすれ違いを埋める前に、憂いを絶っておこう」


先程まで甘い顔で公爵令嬢を見てた表情とは全く違う、氷の視線で私を見下ろす。ミザリー様以外の3人もお互いを牽制し合っていたのをピタリと止めて、私を睨みつけてきた。その視線を受けた途端、嫌な予感が走る。


「誤解です!私は自分を神子などと言ってません!!それに色目だなんて・・!!」

「言い訳は見苦しいぞ。もう名前も呼びたくない。さっさとこの女を裁判にかけて処刑してくれ」


取り付く島もない。さらっと出て来た処刑という言葉にひゅっと息を呑む。この国では王族に逆らうだけで死罪というのは普通にあることなのだ。青ざめて周りを見渡すが、アラン様と側近たちは昨日まで笑って会話してたのが嘘のように、冷たい眼差しで私を見下ろしていた。パーティーに参加している人たちも、誰一人助けてくれる雰囲気はない。


そこでやっと私はここが異世界なのだと気づいた。

ここは、私を守ってくれる人がいない。常識が、通じない。


「・・・・っ」


死、という馴染みのない言葉に体がガクガクと震え出す。


「連れて行け」


そんなまるであらかじめ決められていたかように進む断罪劇に、私はただされるがままだった。だって国の権力者に私は何ができただろう。そんな中、私は言葉を発せないよう猿轡をされ、手首を罪人のように縛られる。騎士に引っ張られながら未練がましくアラン様の方に視線を向けるが、壇上の二人はもうお互いしか視界に入っていないようだった。私はそのまま乱暴に城の地下牢へ入れられる。


そして数日後、どんどん勝手に進む話の中で私の処刑日が決まったと牢番に告げられた。






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