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「明日は最終決戦だ」


旅を始めて6ヶ月。私が魔王を倒せる浄化魔法を取得出来たので、一行は半月前から魔王城へ向かっていた。

今はその近くにある聖域と呼ばれている湖で野営しており、夕食を終えてから王子様が静かにそう言う。

私はその言葉を聞きながらやっと元の世界に帰れるという嬉しさや、今までの旅を思い返しながら少し寂しい気持ちも感じていた。


初めて犠牲無しで街を救えた日以降、私と仲間たちの距離感は更に近くなっていた。

これまでは聖女として役に立てずどこか線を引いていたが、実績と実感は私の自信となって後ろめたい気持ちが消えた。前は無駄口叩く前にまず特訓という意識が常にあったが、もう聖女としての浄化と治癒の最上位魔法も修めてからは気持ちが楽になって。それからは心に余裕が生まれ、仲間と雑談する時間が増えた。

今まで私は返事以外あまり会話をしてこなかった為、私から話しかけると彼らも嬉しいと感じてくれているようで、打ち解けるのは早かった。今までは足手纏いという感情が自分を臆病にさせていたが、いざ話してみたらみんな個性豊かだけど話しやすくて優しくて。これならもっと早くから仲良くなっておけばよかったと思う。


「長かったなー」

「あの時はもう死ぬかと思ったわ」

「ヒカリの治癒魔法なければ今頃全滅だったな。ハハ」

「・・笑い事じゃ無い。でもヒカリのおかげだな。改めて礼を言う」

「私もみんなのおかげで強くなれたから」


魔王戦を前にピリピリしていた空気が、キースの間延びした声で霧散した。会話はそのまま旅の思い出話に移り、あの時はこうだったその時はどうだったと会話が弾む。そこには明日死地に向かう殺伐とした雰囲気は既になく、和気藹々としていた。


「ヒカリもやっと自分の世界に戻れるな」

「ずっと帰りたいって言ってたものね。ヒカリはこの世界に住むつもりは無いの?」

「うん。やりたい事とか大切なものが沢山あっちにあるからね」

「そっかー。寂しいけどしょうがねえな」

「そう言ってもらえて嬉しいよ。ありがとう」


みんなと仲良くなってからより会話が増えて、既に何度も元の世界の話をしていた。帰ったらやりたい事、会いたい人など様々な事に胸が膨らむ。逆にみんなの話も色々聞いていて、それぞれの過去や魔王を倒した後にやりたい事も知って仲が深まった。

文字通り命を預けて共に戦っていて、言い表せないような絆がある。彼らは得難い仲間だ。多分元の世界では手に入らない宝物だろう。

魔王を倒せばやっと念願だった願いが叶う。でもどこか寂しい気持ちも感じていた。


「でもまずは魔王だ!」

「そうね。勝たないと戻るも残るも出来ないわ」

「だから残らないって。でもそうだね。魔王ってやっぱり強いのかな」


思い出すのはドラゴン戦。上位の魔物1体であそこまで苦戦したのだ。魔王はどれだけ強いのだろう。

・・そして誰にも言って無いが、私は魔王について一つ懸念事項がある。


「強いだろ。魔物って魔王から生まれたらしいし」

「それは童話の中の話でしょ」

「その童話には魔王一人で国一つ滅ぼしたという場面があったな」

「まじで。もし本当だったら・・俺死ぬかな」

「だからそれは御伽噺でしょう。何戦う前から弱気になってんのよ」

「まあ死ぬ時はみんな一緒だ」

「ジェイク! 更に不安煽ってんじゃないわよ!」

「魔力量はだいぶ増えたし、怪我したら直ぐ治すから安心して」

「ヒカリ!」

「あ、でも即死だと魔法効かないから気をつけてね」

「おい!」


きっとみんな不安はあるのだろう。でもそれを打ち消すようにわいわいと焚き火を囲んで笑い合った。

そして私は笑顔の裏でずっと心の中で懸念に思っていたこと・・どうか魔王が、人型でない事を祈っていた。

いくら魔物殺しに慣れたと言っても・・流石に、人殺しのような真似までしたくない。







ーーー


「エル!」

「・・ヒカリ」


談笑が終わり、各自テントに入って寝静まる。私はなんとなく眠れず湖の畔を歩いていると、ぼんやりと佇む王子様を発見した。

蛍のように淡く発光する植物が周り咲いており、その光が王子様の淡い金髪に反射する。こちらを振り返った王子様は相変わらずため息を吐くほど美しく、一瞬息が止まってしまった。

散々見慣れている筈なのにと内心苦笑していると、どうしたの?と柔らかく微笑まれる。


「眠れなくて」

「じゃあ少し話そうか」


おずおずと隣に座ると、そっと肩に上着を掛けられた。


「ありがとうございます」

「どういたしまして」


断っても無駄な事は今までの経験で知っているので、特に否定せずにお礼を言う。

その言葉ににっこりと笑う王子様。その瞬間心臓が跳ねるが、顔に出さないように表情筋に力を入れた。


「・・こちらこそ、ありがとう」

「・・・・」


そんな私の心情は知らず、王子様はぽつりと呟いた。突然のお礼に頭の中で疑問符が舞ったが、おそらく召喚のことを指しているのだと理解する。


「まあ、召喚のことはエルだけの責任じゃないですし。それについては明日魔王を倒し終わったら王様に抗議と褒賞をがっぽり貰ってやります」

「ヒカリ、」

「それにこの旅を経て、私もこの世界の人たちに幸せになって欲しいと思っています」

「・・・・」

「まあ一番幸せになって貰いたいのはエル含め仲間たちみんなですけど」

「・・ヒカリ」

「なんて。聖女様失格ですかね・・って、わ!」


どこか思い詰めたような顔をする王子様が心配で、冗談混じりで本音を話す。すると息を呑んだ王子様に不意に抱きしめられた。その衝撃で羽織っていた上着が落ちたけど、ただならぬ雰囲気を感じて戸惑う。


「エル?」

「・・・・」


呼びかけるも更に力を込めて抱きしめられた。腕が震えている。なんとなく泣いているように感じて、私もおずおずと背中に手を回した。

エルは仲間に対してよく気さくに話しかけてくれるが、なんだかんだで王族だ。私たちが知らない葛藤や苦労が今まであったのだろう。慰めるように背中をトントンと一定のリズムで叩く。


「・・・・っ」

「きっと大丈夫ですよ」


明日は最後の戦いだ。勝っても・・負けても。

きっと最初の頃の私だったら、死という可能性が恐ろしくて今頃泣き出していたかもしれない。けれどこの半年間に渡る旅は確実に私の心を強くした。

最初は何故私が、と理不尽から始まったけれど。旅の中で残酷な光景を見たり、楽しいひと時を感じたり色々経験していく中で、今ではこの世界の人たちの幸せを願っている。


善良な人たちが傷つかないで欲しい。

優しくも裏で死に物狂いで努力を重ねてきた仲間たちに死なないで欲しい。

・・そして淡い想いを抱いているこの人の力になりたい。


「大丈夫」


私はこの人が好きだ。


でもこの人は違う世界の王子様で。この想いは決して叶わないものだ。

旅の前に言ってくれた「必ず守る」と言う言葉を有言実行して、自分の命を盾にしてまで私を守ってくれた誠実な人。

壊れそうな時に必ず駆けつけて抱きしめてくれた。私を元の世界へ返すと約束してくれた。

彼以上の人はきっとこの先ずっと出会えない。


“好きです”


元の世界に帰る私には絶対言えない言葉。

この世界に残る事は出来ない。なぜなら私には戻らなければならない理由があるから。

それに元の世界に残したもの全部と、男一人を天秤になんて掛けられない。この感情は育ち切る前に捨てる。心をコントロールすることなんて社会人だった私には容易いことだ。

だからその一言を呑み込んでこっそりと、頭をすりっと王子様の胸に擦り付ける。


「・・ヒカリ」


しばらくお互い無言で抱きしめ合ってから、ようやく王子様が顔を上げた。

そこにはもう一片の苦悩も不安も無く。ただ決意だけが込められていた。


「貴女を、必ず守る」


それは旅の直前に交わした約束。彼もやっぱり覚えていたんだなあと笑った。

その言葉に愛しさを募らせて、笑顔が溢れる。


「はい。信じています」


私もあの時と同じ言葉を返して笑い合う。

穏やかな空気の中、聖域と呼ばれる湖はきらきらと輝いていた。








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