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【書籍化】<本編完結>これで満足しましたか?〜騙された聖女は好きな人も仲間も全部捨てたのに王子が追ってくる〜  作者: せろり
本編

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けれど、その歓声は次の悲鳴でぴたりと止まった。


「父さん!!」


魔物を殲滅し終えて防衛戦が解かれたのか閉じていた門が開き、そこから大勢の街の人が外に出ている。

その中で小学生くらいの女の子が倒れた男性に駆け寄り、その手を握った。


「エ・・ミリー・・」

「父さん、しっかりして!今お医者様が来るから!!」

「俺は・・もう、だめだ・・・・」


その男は内臓の損傷がひどく、大量の血を既に流し過ぎていた。誰が見ても助からないのが分かるのか、先程まで歓声を上げていた人たちも暗い表情で下を向く。

一方で男の表情は晴れやかだった。自分は多分もう助からない。でも自分の犠牲で時間が稼げたし、もう魔物は一匹残らず倒された。彼が一番守りたかった娘はもう安全だと理解していたからだ。


「・・俺が、ぃなくなっても・・幸せになるんだぞ・・・・」

「父さん!!」


痛めた内臓によって口からゴフッと血を流す父親の最後の言葉に、少女は聞きたく無いと言わんばかりに首を振る。

そんな少女の心情を思って痛ましげに、でも愛おしげに表情を緩めた。


「すまな、い・・」


そして男は安らかに目を閉じる。自分の死は無駄ではないのだと言わんばかりに。


「ぃやああああああ!!」

「“治癒”」


父の死に絶叫する少女の隣で、不意に静かな声で呪文が唱えられる。


「・・・・?」


少女は涙と鼻水を流しながら、いつの間にか横に座る女を見上げた。治癒魔法は擦り傷や軽い切り傷などの軽症のみに効く技だ。そんな魔法はこの重傷に効果はない。


「嬢ちゃん、気持ちはありがてぇが・・」


周りで黙って男を看取った人たちが魔法を掛けた女に小さく声を掛ける。

なんて残酷なことを。年端もいかない少女に無意味な可能性を見せるなんて。魔物を倒してくれたのは有難いことだが、叶わない希望を持たせるような行動に彼らは内心非難した。

しかしそんな空気の中、永遠の眠りにつこうとしていた筈の男の瞼がぴくりと動く。


「・・え」


この世界は光属性以外の魔法でも初級であれば治癒魔法を唱えることは出来る。

どんな傷でも治せる治癒魔法を使えるのは、御伽噺の聖女だけだ。この世界では聖女伝説は誰もが知っているが、同時に空想上の人物だとも思われていた。

だから当然聖女が運良くこんなところにいるとは誰も思う筈がなくて。


「うー・・ん」

「!!」


死の淵にいる男が軽快な動作でむくりと起き上がる。それは大量の血を流した体とは思えない動きだった。

少女も街の人たちも事態が飲み込めず、ただただ目の前の光景に目を見開き言葉を失う。


「あれ、エミリーがいる。俺は天国に行けたのか?」

「っ父さん!!」


気の抜けた言葉に少女はぶわっと涙を再び溢れさせ、反射的に父親に抱きついた。生きている。ただそれだけで嬉しくて、一生懸命頭を父親のお腹に擦り付けた。

父親もまだ事態を把握していないながらも、おずおずと少女を抱きしめ返した。その温かい体温に男は自分が生きていることをやっと理解する。生を実感すると男の目にも涙が溢れてきた。ああ、この腕の中の愛しい存在をまだ見守っていけるのだ、と。

ボロボロと泣きながら笑い合う親子を見て、周りにいた街の人たちも貰い泣きしながらまるで自分事のように感動した。


「ヒカリ、お疲れ」

「うん。治癒魔法鍛えておいて良かった」


そんな雰囲気を見守りながら、優しくアメリアが声を掛ける。そっとその場を離れた私はほっと小さく息を吐いた。

ふと、あの滅びた町を思い出す。あの日感じた悔しさを二度としたくないと、あれからずっと光魔法の訓練を続けていた。聖女の使う上級治癒魔法はどんな重傷も治す技。男はまだギリギリ生きていたので今みたいに治せた。

さすがに完全に死んでしまうと聖女の魔法でも生き返らせることは出来ないので、間に合ってよかった。


「・・もしかして貴女は、聖女様ですか?」


他の仲間にも労ってもらっていると、隊長っぽい格好をした人におそるおそる尋ねられた。

この旅は公にしていない。その質問に肯定するべきか否定するべきか分からず、助けを求めるように王子様に視線を送る。王子様は視線が合うと頷いたので正直に答えた。


「はい。そう呼ばれています」


その瞬間、わっと歓声がそこらじゅうから上がった。


「わあ!」

「え!?本物?」

「あの奇跡は伝説の聖女様にしかできねえだろ!すげえ!!」

「聖女様!!」

「聖女様!!」


あっと言う間に囲まれる。聖女は天上の存在だと言われているため、人々は熱狂するがどこか畏怖している。

私自身もあっと言う間に沢山の人に囲まれたので硬直するが、さっと仲間たちが間に入ってくれたのでほっとした。


「みなが無事でよかった。でもそんなに聖女殿に詰め寄ると驚いてしまうよ」


若干引け腰になっている私の前に王子様が一歩出て背中に庇う。


「聖女殿は繊細なんだ。礼はもう少し小さな声でね?」


彼が茶目っ気たっぷりにウィンクすると、その綺麗な顔と相まって私含め街の女性たちは見惚れた。死角でキースはうげえと吐くような仕草をしていたが。


「ありがとうございました!!」

「おかげで無事でした!」

「もしかして聖女様と一緒にいるってことは貴方たちは勇者様御一行ですか!?」


麗しの王子様の言葉で、街の人たちの関心は聖女単体からパーティ全体に移ったようだ。

そのおかげで自分に注がれる視線が減ってほっとしていると、誰かがそっと私の手を遠慮がちに引っ張る。


「?」

「あ、あの」


手を握ったのは先程助けた父親の娘だった。おずおずとしていたが、勇気を出したように上を向き私と視線を合わせる。


「聖女様!ありがとう」


先程泣いた名残か鼻の頭が赤い。でもその顔は感謝と幸せの感情しか乗っていなかった。

そんな表情はこの旅で初めて見たもので。今まで私が見てきた世界は悲惨さと残酷さばかりだった。

あの日魔物を倒すと決めてから、いつも胸のどこかに重りがあった。被害にあった人たちを見る度に、魔物と殺し合う度にどんどん心がすり減って、それに比例するように目も荒んでいった。そしていつの間にかその環境に慣れて当然のように思っていた。


「ううん。・・今度は、助けられてよかった」


だけど今この満面の笑みを見て、今まで経験した残虐な出来事も血を吐くような訓練も報われるような気がした。

色々な思い出を噛み締めながら少女の頭を撫でる。そして何も知らない少女はただ嬉しそうに笑った。


私の努力はちゃんと誰かの為になっている。


そう初めて実感できて、つられて私も微笑んだ。

それは旅に出てから5ヶ月ぶりに、心から笑顔になれた出来事だった。








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