18
ため息を吐いて重い腰を上げ玄関のドアを開ける。
そこにキースの姿は無く、王子様だけが頭を抱えて立っていた。
「・・ヒカリ」
扉を開ける音に反応し、翡翠の目が私に向く。
「みんな、私に城に帰ってこいって言うんだね」
「多分私の理由はキースと違う。私はただ・・・・」
冷めた態度で王子様を見つめていると、彼は言葉を切った。
「・・また、その目に戻ってしまったね」
自嘲したように、そして傷ついたかのように力無く笑う王子様。けれど、その姿を見ても4年前のあの日から凍りついた心は全く痛まなかった。
ーーー
召喚されてから5ヶ月と半分が過ぎていた。
もうその頃には上級の浄化魔法も使えるようになっていて。魔王の場所も特定しており、道中魔物退治しながらその場所に進んでいるところだった。
「アメリア、今どの辺?」
「このまま真っ直ぐ進めばそろそろ次の街が見えてくるはずよ」
「あ、あれじゃない?」
キースが頭の後ろで手を組みながら退屈そうにアメリアに問う。地図を見ながらアメリアが指を指すと、関所が見えてきた。
「ん? なんか騒がしくないか?」
「本当だ」
キースが目を眇めて言う。耳を澄ませると確かに何か騒いでいるようだ。遠くて何言ってるかまでは分からないけどその瞬間、王子様とジェイクが走り出す。
「あ、ちょっと!」
遅れてアメリアが文句を言いつつ後を置い、一拍置いて私とキースは顔を見合わせてから走り出した。
「はぁはぁ、」
「お前体力ねぇな」
門に辿り付くと、そこには中級の魔物が数十匹いた。先に着いていた3人は既に戦闘を開始しており、キースも私に呆れながらも隣りで攻撃魔法の詠唱を始める。
しょうがないじゃ無いか。1日歩き続けるだけの持久力はついたが、短距離走の訓練もしてないのに早くなる訳がない。
キースを睨みながら周りを見渡す。街の門番や衛兵らしき人たちが集まり、なんとか街を守っていたと言うところだろう。沢山の人が奮闘した形跡があり、半数は血を流して負傷していた。
「“ウィンドカッター”」
キースが魔法を唱え、複数の風の刃が魔物たちを斬りつける。それによって多くの魔物がひるみ、それを避けた魔物を瞬時に王子様とジェイク、アメリアが素早く狩っていく。
私が上級の魔法を会得したように、彼らも最初とは比較にならないくらい強くなっていた。
そんな彼らをポカンとした表情で見つめる街の人たち。きっと次々と仲間がやられて絶望的な気分だったのだろう。そこに突如現れ冗談のように軽々と魔物を倒しているから、夢でも見てるのだろうかと考えていそうだ。実際頬をつねっている人もいた。
ドラゴンという上位種ではないが、中級の魔物でも数十匹集まれば一般の人たちにとっては脅威となる。だが中級の魔物がいくら集まっても、今の私たちにとっては大したことない相手だった。
「ヒカリ頼む」
「うん」
あれだけいた魔物は4人の手によってあっと言う間に無力化された。私は相変わらずすごいなあと内心呑気な感想を抱きながら呪文を唱える。
「“浄化”」
最上位の浄化魔法。最近はこれを毎日使うようにしている。この感覚を馴染ませ、魔王戦に備えているのだ。
浄化魔法は、ポケットにいれて戦わせるモンスターのボールのようにある程度弱らせないと捕まえられな・・否、浄化できない。もちろん弱い魔物は体力満タン状態でも、私の魔力の方が強ければ一発で倒せる。なにせ闇属性に対して光属性は効果抜群なのだから。
「終わったよ」
「お疲れ」
「そっちもね」
浄化の眩い光に視界がくらくらするが、数十匹いた魔物は全て灰になり風に飛ばされ消えてった。
その光景を見ても、最初に感じたような命を奪う事への忌避感は全く感じない。殺らなければ殺られる。それがこの世界のルールだと、私はあの日目の前で滅んだ町で学んだ。
あれから私は寝る間も惜しんで、毎日魔法の特訓に魔物退治の日々と繰り返し、今では目標の上位浄化魔法も取得した。
昔のような誰かがどうにかしてくれるという甘い考えは止め、私が魔王を殺すのだと殺伐とした感情がいつも心の片隅にある。その考え方は日々の特訓が辛いと思った時やとっさの判断の時、戸惑わずに判断を下せるため後悔は無い。たまにアメリアやキースに目が怖いと言われるのが唯一の不満だが。
「ヒカリ、魔力に余裕があれば怪我人を治して欲しいのだけれど」
「余裕」
アメリアに促されて、くるりと門番や衛兵を振り返る。先程から静かだが、まさか死んでないよね・・?
「・・・・」
「・・・・」
「・・・・?」
ぱっと見渡した限り死人はいないようだが、全員が目を皿のようにまんまるにして私たち5人を無言で見つめていた。
その様は異様で首を傾げる。何か精神的な攻撃魔法を魔物から受けていたのだろうか。精神系の魔法は無い筈だが。
「・・う、」
「う?」
「ぅうおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
一人が口を開いたと思ったら、そこらかしらから雄叫びが上がった。門番や衛兵は勿論、怪我人や門の中からこちらを窺っていた街の人たちもだ。失礼かなと思ったが、大きな音量に思わず耳を塞ぐ。
「あんな少数であれだけの数の魔物を倒したぞ!!」
「もうだめかと思った!」
「助かった!ありがとう!!」
わあわあと響く声は感謝の言葉だった。ちょっと耳が痛いけど、まあお礼を言われて嫌な気はしない。
隣にいるキースもうるせえなと言いながら笑顔だった。それに仲間が褒められるのは嬉しい。
それぞれが何かを抱え、その問題を打破するために文字通り死に物狂いで努力している。それをドラゴンと対峙した時思い知ったから。だからその今を、誰かに称えられるのはなんだか気分が良かった。




