17
それから話は早かった。
私が魔王討伐を決めた日の翌朝、私は王様に謁見を申し込んだ。
その言葉に侍女の人たちは目を輝かせ、教師達は喜びその日の夕方にはその場が用意された。
「聖女ヒカリ」
「はい」
いかにも聖女ですと言わんばかりの白い衣装と控えめに輝く宝石を身につけさせられて、私は王様に呼ばれた。
重鎮の人たちに囲まれながら王様の声に応じて、一般教養の授業で習った礼をする。
「ついに決意を固めてくれたと聞いた」
「はい。皆様には右も左も分からない私に親切にして頂きました。そんな優しい方々の力になれるのであればお力添えをしたく存じます」
この言葉は真実だった。確かに怖いし何故私が、という感情はあるけれど優しい人たちの為に働きたいと思った気持ちはこの時は本当だったのだ。
「聖女殿の優しい心に感謝する」
でもこの時の私はやっぱり魔物討伐というのもどこか童話の世界のように考えていて。
「――私。私の力でしか、この世界の人たちへの被害が止められないのなら。出来るだけ頑張りたいと思います」
その言葉に王様達や先生、メイドさんたちは瞳を輝かせる。
王子様だけがじっと私を見つめていた。
「魔王を倒す旅について行きます」
わああと歓声が上がる中、震える足で私はなんとか立っていた。
「ヒカリ!」
「エル・・」
魔王討伐を宣言してその場を去った後、王子様が追ってくる。
みんなあの言葉が嬉しかったらしく、お祭り騒ぎのように騒いでいたので意外だった。
「・・あれでよかったの?」
「・・それが貴方たちの望みでしょう」
「・・・・っ」
あの言葉は本心ではない。だから冷たく言い放ってしまった。
「すみません、言いすぎました」
ハッとして謝るが王子様はそれに首を振る。
「良い。本当のことだ」
「・・でも、みんなによくしてもらったから。この世界のために頑張りたいのは本当ですよ」
「!」
手を引かれ温かいものの中に包まれる。
「ありがとう」
「う、うん。でも離し・・」
抱きしめられたことにびっくりして腕を突っ張り離れようとするが、王子様の体が震えていることに気がついた。
きっとエル個人の感情としては非戦闘員の女である私を危険な旅に同行させることへの忌避感、でも王族として聖女を使わなければならない義務感がきっと彼を葛藤させている。
ぎゅっと私を包む腕に力が入り、肩口に王子様の顔が埋まる。こんなに距離が近いのは初めてだ。
どこか泣き出しそうな雰囲気に、顔の横にある柔らかそうな金髪を撫でたくなる衝動に駆られるがグッと堪える。私が彼を慰めるのは、多分違う気がする。
「こんなこと言える立場じゃ無いが、必ず守る」
しばらく無言で抱き合ってから、何かを決意したように王子様がこちらに強い眼差しを向けた。
「――必ず、魔王を倒したら。貴女を元の世界に帰すから」
「!」
真っ直ぐにこちらを見つめる瞳に飲み込まれる。
真摯な言葉に、体を離そうとして突っ張っていた腕をおそるおそる背中に回した。
王子様と親しくなってから名前で呼び合う仲になったが、彼が私を“貴女”と呼ぶのは友人のエルではなくて王子様の立場として会話する時に使う呼称だ。
つまり、彼は今まで城にいる誰もが明確に言ってくれなかった約束を王族として交わしたのだ。
「うん」
泣きそうな感情がバレたく無くて、震えそうになる言葉で最小限の返事をする。変わりにこの感情を表現するかのように強く強く抱きしめ返す。
「信じてる」
不安はまだこの胸の中にあるけれど、この約束を道標に頑張ろう。
そう、思った。




