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「ドラゴンですか・・」
いくつもの村や町を巡り、私たちは魔王の根城に少しずつ近づいていた。
ここ最近どこに行っても上位種の魔物であるドラゴンの噂を聞く。
今日辿り着いた街でもその話で持ち切りだ。
「ああ。近隣の集落でいくつか被害が報告されている。ドラゴンはベテランでも倒すのが厳しいし、倒せても味方側に甚大な被害が出るからね。上級治癒魔法が使えるヒカリがいる我々で対処しておきたい」
「そうねぇ。ヒカリも戦闘に慣れてきたし、人数が揃うのを待つよりアタシ達で倒した方がいいわね」
「俺も賛成」
「異論無い」
「・・それでいいか? ヒカリ」
「うん。大丈夫」
苦渋の選択をするかのように、渋い顔をしている王子様に即答で承諾する。
ケロっと答える私に彼は唇を引き結んでから頭を下げた。
「危険が伴うが、ここで放置すると何百の人たちが犠牲になる。危険に巻き込んですまない」
「本当に気にしないで下さい。いつか一番強い魔王を倒さなきゃいけないし。いい練習になると思います」
この言葉に偽りは無い。未だ浄化魔法は中級までしか使えないが、それでも光属性は魔物の弱点に変わり無いので優位に戦えるはずだ。
魔王だけは上級の浄化魔法が必要になるらしいが、ドラゴンならいくら手強くても全く効かないことは無いだろう。
それに今回は治癒魔法を頼りにされているようだし。
その証拠にキースとアメリア、そしてジェイクがほっとしている。この国屈指の強さを誇る彼らでも、ドラゴンとはきっと脅威なのだろう。
多分怖いと言ったら守ってくれる気がするが、光魔法はあった方がいいというのをここ数ヶ月で学んでいる。
それにいきなり魔王戦に臨むよりは中ボス(?)で予行演習しておきたいというのは本音だ。
「ドラゴンは今まで相手にしていた魔物と次元が違うから油断すんなよ」
「わかった」
「危なくなったらすぐ逃げるのよ」
「うん。みんなもね」
「ドラゴンかぁ。下手したら俺死ぬかも」
「5秒生きてれば治してあげるから安心して」
「できねえよ。いや有難いけど」
今でも一応庇護対象ではあるけれど、戦いに意欲的になってからは仲間達から戦闘面で信頼されている。
治癒能力は言うまでもなく、聖女の浄化魔法はそれほど強かった。
その日はわいわいと酒場で騒ぎ、翌日装備を整えてからドラゴンが出るという場所へ向かう。
ーー結果から言うと、だいぶ苦戦した。
ドラゴンはレベルが違うと言われている通り、とても強かった。
殺傷力の強い物理攻撃に頑丈な防御力、さらに強力な魔力と体力を兼ね備えているという悪夢のような存在だった。
浄化魔法を使っても少し動きが鈍くなる程度で消滅まで到らない。高位の魔物になるにつれて、ある程度弱らせないと浄化魔法で倒すことは出来ないのだ。
戦闘の最中、ジェイクとキースは2、3回手足が吹っ飛んだしアメリアも自慢の髪は焦げ肋骨がいくつか折れた。
仲間の中でも飛び抜けた実力を持つ王子様は大きな怪我は途中までしなかったのだけど、途中私が不意に襲われた時に庇って手の骨は折れ指のいくつかは吹き飛んだ。
その度に全て治癒魔法を使って治すのだけど、こんなにみんなが怪我するのは初めてだったので動揺する。けれど治した瞬間即座に戦闘に戻っていく仲間たちを見て、必死に冷静を装った。
取り乱してみんなの集中力を削いではいけない、私に出来ることだけに集中するんだと自分に言い聞かせ治癒魔法と浄化魔法をひたすら掛け続けた。
それでもドラゴンの攻撃にみんなの怪我があっという間に増えていく。また体のどこかを無くしても、全員がその瞳に闘志を宿して真っ直ぐにドラゴンを見据え続けていた。そんな少しも怯まない仲間たちを見ると、涙が勝手に溢れてくる。
一生懸命呪文を唱える口と手は休めずに、そんな彼らの後ろ姿を目に焼きつけた。
「うあーー!! 疲れた!」
あれから5時間くらい戦っていたのだろうか。ついにドラゴンが倒れ、勝敗が決した。
魔力空っぽ! と叫ぶキースは無事生きているようで安堵する。致命傷は戦闘中に全て治していたので無い筈だが、小さい怪我はあちこちしているので直ぐに初級の治癒魔法を掛けていく。
みんながぐったりしている中、王子様がみんなに怪我がないか確認した後、アメリアに魔法を掛けている私に近づいた。
「ヒカリ、怪我は無い?」
「・・・・無いです」
手を止めずに首を振る。
「ありがとう。もういいわ」
「じゃあジェイク」
「・・俺は最後でいい」
「ならエル」
ジェイクは騎士という職業上、王子様より先に治療されることを大体拒む。
あとは浅い切り傷と擦り傷だけなので緊急性はないと判断して、横に立っていた王子様に座るよう促す。
「“治癒”」
白い光を放って、王子様の傷がみるみる塞がっていく。
気づけば仲間たちは周りからいなくなっていて王子様と二人きりになっていた。
「ヒカリ」
不意に、少しささくれた指が私の目元を優しくなぞった。
「・・何ですか」
「泣かないで」
そこでやっと気付いた。戦いの中で少し涙を零してしまったが、最後にはちゃんと泣き止んでいた筈だ。
だけど戦闘が終わって、ボロボロの王子様が私に最初に言った言葉は私の怪我の心配だった。
戦いの中で王子様に掛けた治癒魔法は全て私を守った時にできた傷で。つまり私を守らなければできなかった怪我だ。怪我は治るけど痛みは感じていた筈だ。
なのに目の前の王子様はそれを少しも鼻に掛けないで、私を心配し困ったように笑っている。
「・・守ってくれてありがとうございます」
ドラゴンと目が合って大きく口を開かれると同時に終わったと思った。でもその瞬間、強化魔法と風魔法で飛んできた王子様の背中が見えた。
死んだと思った。もう元の世界に帰れないかと思った。やり残したこと全部出来ないままだと後悔した。
でも目の前のこの人が視界に飛び込んできた時、彼を失うのでは無いかという恐怖で頭が真っ白になった。
「でも、私の為に自分を犠牲にしないでください・・!」
「!」
思わず目の前の人物に抱きついた。王子様はびくりと体を揺らした後、恐る恐る私の背中に手を回す。
それを皮切りに私は久しぶりに声を上げて泣いた。
生きててよかった。怖かった。
今まで苦戦した戦いは何度かあったが、こんなにみんなが死にそうになる戦いは初めてだった。
何度も手足が吹っ飛び、骨が砕ける音がした。
前日の夜、みんなドラゴンの危険性を正直大袈裟に言っているのだと思った。でもそれは全て本当で。
少なくとも明日死ぬかもしれない戦いに赴くような、殺伐とした雰囲気じゃなかった。
この世界に住んでいる人たちは魔物の脅威を知っている。それは最強と呼ばれる仲間たちにとってもきっと同じことで。
この日の戦いは何も特別なことなんてない、ありふれた日常に過ぎないのだ。多分、みんな文字通り命を懸ける覚悟を旅が始まった時にはしていた。
「心配させてごめんね」
「・・・・っ」
喉が引き攣って返事ができなかったので、代わりに目の前の温もりをぎゅうと抱きしめる。これは惚れるなと言う方が無理だろう。
色々な問題は依然としてあるけれど、今はただこの人が生きていると言うことだけをひたすら感謝した。




