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※R15表現有り
夢を見ているのだろうか。
数時間前までは緑豊かな町が今は瓦礫と化し、煙の臭いが充満している。
いつぞやに聞いた呻き声や堪えるような泣き声、違う方向からはこちらの胸が張り裂けそうになるくらいの激しい慟哭が聞こえた。
全てが今目の前で起こっている事なのに、どこか現実味がなくて遠く感じる。
ひたすら治癒魔法を掛け続けて3時間くらい経った頃だろうか。カンカンと魔物を倒し終えた合図が町に響き渡る。
しかしその音を聞いても歓声は一切上がらず、誰もが懸命に手を動かしていた。
戦いが終わっても運び続けられる患者たち。なかなか目を覚さない患者にひたすら治癒魔法を掛け続けて数十分後、誰かに突然手を握られる。
「・・・・もう、亡くなっている」
いつもは眩しい金髪が長い戦闘で燻んでいたが、それは王子様だった。
「・・・・っ」
分かっていた。途中から私の魔法では治せない重症者しか運ばれなくなっていたことを。
でもそれでも何もしないより初級魔法でも止血代わりにはなる。周りの人たちももう助からないのは心のどこかで理解していたが魔法を使い続ける事を望み、彼らも必死に傷薬を塗ったり包帯を巻いて看護し続けた。
戦闘が終わった鐘が鳴っても誰も手を止めなかったが、王子様の言葉で我に返る。
「う、」
誰の声だろうか。その漏れ出た声を皮切りにその場は沢山の悲しみに包まれた。
まるでそれに呼応するかのように雨が降り始める。
避難場所に使われていた建物は魔物の放った魔法によって既に半壊していて、冷たい雨水が降り注いだ。
「うああああ・・!」
悲しみの声の中にはここに案内してくれた護衛の人もいて。
片足を失い這いずりながらも中心のクレーターに向かい、既に事切れていた女の子を抱きしめて咆哮している。
それを呆然と見て、それから自分の手を見て。
「・・・・っ」
「ヒカリ」
何かを叫びそうになった時、王子様が手で私の視界を覆い強く抱きしめた。
ーーー
「・・・・」
初めて目の前で町が崩壊したのを見た時のことを思い出す。
あの時は次々と運ばれてくる怪我人を手当てしていた。そんな中、突如屋根が吹き飛び瓦礫の山が降り、いくつかの攻撃魔法が避難所の中心に命中したのだ。それは本当に唐突で、瞬きの間の出来事だった。
後から聞いたことだが、何体か遠距離魔法を使う魔物が潜伏していたらしい。
近距離型の魔物と3時間程ずっと戦闘をしていたため、突然の遠距離攻撃に反応が遅れた。
魔王の登場で魔物は力だけでなく知力も上がっているのだ。今回は完全に裏をかかれた。
直ぐに遠距離型の魔物に王子様たちが対処したが、その最初の数発が運悪く避難所に命中したのだ。
固まって避難していた人たちは咄嗟のことに反応もできず、その攻撃が直撃し何人もが命を落とすことになってしまった。
中には私たちを案内してくれた護衛の人の娘もいた。護衛の人自身も大怪我を負った。
後で知ったことだが、私が買い物に行った薬屋の店員さんもあの攻撃で亡くなったらしい。
人はこんなに簡単に死んでしまうのか。
魔物と人の問題はこんなにも深刻だったのか。
あの頃の私は自分の境遇だけに悲観的になっていたが、この世界の人たちは数分先の未来すら分からないのだ。
あの時の自分は元の世界に帰りたいとか、なぜ私がという感情が全て吹き飛んだ。
自分が聖女ならば今最上位の治癒魔法が欲しい。
今すぐ魔王を倒す為の最強の浄化魔法を使えるようになりたい。
そう強く願ったが、現実は物語のように上手くいかなかった。
私が主人公であるならば、きっとここで能力が覚醒し全てを助ける力に目覚めるのだろう。
しかし世界でただ一人の光魔法の使い手であっても、結局私は初級の治癒魔法しか使えないままだった。
この世界を救うため全てを犠牲に呼ばれたのに、私はあの町の人たちを救うことは出来なかったのだ。
ーーー
いくら魔法を掛けたって、意味がないことは頭のどこかで分かっていた。
けれど聖女なら何か出来るのではないか。物語のように辺りに光が満ちてとかみんな目覚めて笑顔でハッピーエンドになるものじゃないのか。そう思って王子様を振り払い枯渇してきた魔力を必死に注ぎ続けた。
溢れる涙を拭う余裕も無いくらい、ただひたすらに目の前の人たちに治癒魔法を掛ける。
「・・もう、いいよ」
それから数時間が経ってとっくに魔力も無くなって、それでも何か奇跡が起きないかと必死に冷たい体に手を当て続けていた。目が霞むがどうにか気力だけで意識を保っている。
すると隣でその子の手を握りながら泣いていたその人が私にそっと言った。
「ありがとう」
「・・・・っ」
目を真っ赤に腫らしているのに、私にお礼を言う。
その瞬間喉が詰まって私の体は崩れ落ちた。魔力枯渇で起きていることすら難しい状態だったことを頭の隅で理解した。
「最後まで諦めないでくれてありがとう。この子は・・死んでしまったんだね」
「っ、でも、私は・・!」
けれどそんな自分の状態よりも、目の前のこの人がお礼を言った意味が分からない。
だって、私は聖女で。でも何も救えなかった。
「あなたは何も悪くない」
未だ悲しみに染まるその目は、誠実な色を携えながら私に言い聞かせるように私の瞳を覗き込む。
でもそう言えるのは、きっとこの人が私を聖女だと知らないからで。
きっと聖女だと分かれば「なぜ聖女にも関わらず傷を治せないのか。そもそも早く魔王を倒していればこんなことにはならなかったのに」と責めるだろう。
「・・ごめんなさい、」
「だからあなたが謝ることは無いんだよ」
そう言うくせに自分も泣いているではないか。かけがえの無い人をこの人は失って大きな悲しみを背負った。
それなのにまたありがとうと言って泣きながら私を抱きしめた。
未だ周りからは大勢の人たちの啜り泣く声が響いてる。こんな中で聖女ですとはとてもじゃないが、言い出せなかった。代わりに何度もごめんなさいごめんなさいと繰り返し謝る。
聖女なのに傷を治せなくてごめんなさい。
聖女なのに魔王を倒せなくてごめんなさい。
聖女しかこの現状を変えられないのにいつまでも怖がっててごめんなさい。
酷く恐慌状態に陥った私はボロボロと涙と嗚咽を流す。
そんな私に周りにいつの間にか集まった人たちが肩を叩いたり頭を撫でたり次々と慰めた。
見ず知らずの私たちのために泣いてくれてありがとうと言っていく。
貴重な魔力を限界まで使ってくれてありがとうと言っていく。
みんなの方がきっとずっと辛いのに、少なくとも治癒魔法が使えることは知っているのに。誰一人私を責めずにお礼を言っていく。
ーー嗚呼。
この世界の人たちは、こんな明日も分からない残酷な世界で。強く生きているのだ。
そう唐突に理解して。
ぽろり、と新しい涙が一粒溢れた。




