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「やっと屋根のあるところで寝れるわ」
初めて魔物を殺した日から、1ヶ月と少しが経った。
ここ数週間、野宿続きだったので弓使いが嬉しそうに言う。それに私も密かに同意した。
なぜなら外では休む時でも常に魔物を警戒する必要があるし、当然お風呂にも入れない。
体を綺麗にする魔法はあるけれど、毎日お風呂かシャワーを浴びる習慣がある私としてはやっと体が洗えると思うとホッとした。
「夕食は宿で出るらしいからそこで食べましょ」
「はい」
男女別に別れ、それぞれの手荷物を部屋に置く。
町や村などに着いたら、みんな別行動になるのがいつもの流れとなっている。この時間に束の間の休息をそれぞれ取るのだ。
「じゃあ私は夕方まで寝るから」
ベットに横になる弓使いを横目に鍵を掛けて部屋から出る。1ヶ月も経てば弓使いのアメリアとも話せるようになっていた。
最初はギクシャクしていた仲間たちも、私が魔物を倒すようになるとだんだんと彼らから話を振ってくれるようになった。
それでもみんなと比べると魔法はまだ初級しか使えず、1日中魔物を倒しながら歩き続ける体力すら無いのが申し訳なく引け目を感じていた。
だからこそその差を埋めるべく空き時間に魔法の練習をしていると、それぞれがアドバイスをくれたり労ってくれたりしてくれるので、私もだんだんと彼らに対して心を開いていくようになった。
「・・・お店はどこかな」
今日は夕食までまだ時間があるから買い物に行くつもりだ。
森の中で過ごす夜が寒くなってきたのでインナーが欲しいし、生理用品も少なくなってきたから買い足さないといけない。この時間に必要なもの買わないと旅の間に地味に困る事になるのだ。
「・・・うーん」
初めて来る町にきょろきょろと辺りを見渡す。
お城時代に軽く勉強はしたけれど、短い期間で他言語を理解出来るほど頭はよろしくないのでこの世界の文字は読めない。なんとなく欲しいものが売ってそうな雰囲気の建物を探す。
「ヒカリ」
「!」
お店探しに苦戦していると背後から名前を呼ばれた。
少しびっくりしたが聞き馴染んだ声だったのでそのまま振り返る。
「どうしたのですか?」
「ヒカリと少しでも一緒にいたくて」
思わず固まった。にこりと自分の理想を体現したかのような顔に言われると普通にドキッとする。
相手は王子様なので社交辞令だと分かっているが心臓に悪い。
「この町に着いたばかりで治安は絶対安全とは分からないからね。荷物持ちもするよ」
「・・・ありがとうございます。ではおねが・・・あ。」
困ったように返答に詰まると王子様が言い直した。
こう言われたら断っても何故か結局はその通りになるということを城で学んだので素直に頷いておく。
しかし知られたくない買い物もあることを思い出した。
「?」
「・・・いえ、何でもないです。よろしくお願いします」
首を傾げる王子様にまあいいかと思い直す。
前の世界で買う時も男性がレジ打ちでも特に気にしなかったし。それより治安微妙と言われて一人になる方が怖い。
ここは素直に好意を受け入れておいた方が良いだろう。
「買い物終わったら夕食までデートしようね」
「・・・・・。いえ、魔法の練習をします」
にこにこと嬉しそうな笑顔を眩しく感じながら王子様の提案を断る。
きっと旅を始めてからずっと忙しかったから息抜きさせてくれるつもりだったのだろう。
けれど仲間が優しくしてくれていると言っても、私が実力不足である事は変わらないので提案を断って今日の予定を伝える。
そんな私のそっけない返答に彼は特に気分を害した様子もなく笑い、服屋と薬屋に行きたい旨を伝えるとそこに案内してくれた。やはり言語の分かる案内人がいるとお店見つけるのが早い。
「いらっしゃいませー」
「生理用品とその痛み止めが欲しいのですが」
「はいはいー少々お待ちください」
店に入ると私より少し年下くらいの女性が愛想良く対応してくれた。
「町で見かけない人だけど、もしかして旅人さん?」
「そうです」
頼んだ物を紙袋に入れながら店員さんが尋ねる。この町は町と言ってもあまり大きな規模ではないからきっと常連さんを把握しているのだろう。
「そっかーならこれから寒くなるから服の下に着るもの一緒に持ってた方がいいよ」
「そうなのですね。教えて頂きありがとうございます。では3枚下さい」
確かにお腹は冷えない方が良い。前の世界なら暖かグッズが欲しい時に買えたけど、今は持ってないし必要な時に森にいたら直ぐ手に入らないだろう。
親切に教えてくれた店員さんにお礼を言って、追加で購入する。毎度ありー!と元気に返す店員さんに笑いながら店を出た。
「おまたせしました」
「もっとゆっくりしててよかったのに。他に欲しいものある?」
「いえ、特にないです」
目の前では買いづらい物があると伝えると、彼は何も聞かず店の前で待ってくれた。
「魔法の練習するなら手伝うよ」
「それは助かりますが良いのですか?」
「もちろん」
今日は彼にとっても久々の休憩で、羽を伸ばせばいいのに。
そう思ったが特に踏み込む気はなかったのでそれ以上は聞かなかった。
「いいところですね」
「そうだね」
魔法の練習がしやすい建物の無い場所に向かいながら呟く。この町は小さいながらもゴミ一つ落ちていなくて綺麗だ。
きっとマナーの良い住民が多く、掃除もこまめにしているのだろう。
所々には手入れされた花が咲いており、町全体が丁寧に整備されているのが分かる。
今まで立ち寄った村や町は少なからず魔物の被害があってどこか荒んだ雰囲気があったから、久しぶりのほのぼの感に心が安らぐ。
「さっきこの町の人に聞いたんだけど、この町には強い剣士や魔法使いが多いから魔物被害もなくて治安もいいんだって」
「それはすごいですね」
先程お店の前で待っている間、道行く人から情報収集していたらしい。
王子様は村や町などに着くと、よくそこに住む人たちと会話して情報を集めている。
本来は町長とか領主の顔を見に行くものだと思うのだけど、身分を隠して旅をしているからかそういう場面は見たことがない。
本人は住民の声を直接聞ける良い機会だと笑ってたけど。
けれど本当は王子様が自分の身分を隠して旅をしている理由を知っていた。それは最速で魔王を倒すためだそうだ。
本当は王族や聖女が各地を回って魔王討伐の旅をしてるぞというアピールはした方が良いという意見もあったらしいが、王子様がそうすると領主や権力がある人に引き止められて魔王討伐の時間が余計に掛かると議会で説き伏せたらしい。
これは侍女さんから聞いた話なので本人から聞いたことはないが、確かに王子様は旅の途中一度も正体を告げたことはない。
当時それを聞いた時は赤面したものだ。
なぜなら私は前に王子様に早く元の世界に帰りたいと言ったことがある。もしかしてそれを考慮してくれたのかなと思った。
それはきっと王族にとって不利益なはずなのに黙ってそういうことやるから、見た目が綺麗なだけじゃなくて中身も格好いいなと思ってしまったのだ。
ーーーーーー
昔の甘酸っぱい記憶を思い出しながら、一人きりの部屋でそういえばと呟く。
「・・・あの時、心の中で何を思っていたのかな」
最後に王様に会った謁見の日、王子様は全てを初めから知っていたと言っていた。
けれどそれは過去の記憶を思い出すと違和感を覚える。
今まで全てが悲しくて虚しくて怒りと辛さで心がぐちゃぐちゃになるからあまり思い出さないようにしてたけれど。何かが胸の中で引っかかった。
「まあ、どうでもいいや」
結果が何か変わるわけではない。
そう思って思考を止めて目を閉じた。
それが、自分の心を守る唯一の方法だから。