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 今でも召喚された時のことを覚えている。前触れも無くその日は訪れた。


「召喚は成功です!!」


 わあっと室内で何人もの人が歓喜している。

 建物は円形で音が反響するのか沢山の大声が響き渡り、頭がぐらぐらした。


「大丈夫ですか?」


 響く大音量に目眩がし、思わず膝を突いたら低い声と差し出される手。

 視線を上げると眩しいくらいの美形がいた。


「初めまして。聖女殿」


 それが、私がこの国に召喚された日の最初の記憶。





***



 私が召喚された理由、それは魔王を討伐するメンバーとして勇者一行に同行してほしいとのことだった。

テンプレだなと思いつつも、ハの字に眉を寄せる王様や周りの人たちに頼まれれば消極的な性格の私は断れない。

 本当はすぐにでも元の世界に帰りたかったが、毎日魔王の被害で人が死んでいると言われれば知りませんとは言えなかった。


 王様や周囲の人は優しくて、困ったことはないか何か欲しいものはないかと毎日のように聞かれ、魔王討伐へ旅の準備のための訓練をしていると頑張ってくれてありがとうと言ってくれる。


 突然召喚されて困惑気味だった私の心もだんだん解れ、いつしか魔王を討伐してみんなに安心した暮らしをしてほしいと考えるようになっていった。


 幸い討伐メンバーには召喚時に手を差し伸べてくれた美形の人、王子様兼勇者様も一緒だったというのも理由の一つだったのかもしれない。


 生まれたての雛が初めて見た者を親だと認識するようにあの日大勢の人が雄叫びを上げる中、少し怯えていた私は優しそうな彼に簡単に懐いた。


 王子様も聖女である私にとても親切で、この世界に知り合いのいない私がそれ以上の感情を持つのは早かった。




”魔王が討伐された”


 ある王城の一室で開いた新聞の見出しに大きくそう文字が綴られている。


 数日前まで私は勇者パーティーの聖女ポジションとして随行していた。

 魔王討伐の旅は想像していたよりも何倍も過酷で、途中で何度も心が折れそうになった。

 その度に元の世界に帰るんだと自分に言い聞かせ、奮い立つ。

 仲間も日頃訓練していてとても強かったが、それ以上に魔王陣営は強敵でお互いに傷を負いながらも最終的には敵に打ち勝ち、先日帰還したばかりだ。


 長年脅威だった魔王が倒され、国中が歓喜に溢れ勇者一行を称える声で満たしていた。

 結局半年掛かってしまい元の世界での自分の生活が気になってはいるが、人の命には代えられない。


 メイドさん達も嬉しそうで、感謝の言葉を伝えながら私の支度を丁寧に整えてくれた。

 今日は勇者一行に王様から褒賞を賜るための謁見がある。

 私は今日、元の世界へ帰ることを望むつもりだ。






***



「・・・どういうことですか?」


 一瞬、何を言われたか分からなかった。


「すまぬ。貴女を元の世界へ帰すことは出来ない」


 予想していなかった内容に思考が停止する。

 そんな私の心情を知ってか知らずが王様は言葉を続けた。


「召喚術はあっても、帰還術はないのだ」

「・・・でも、魔王を倒したら元の世界に帰してくれると、」

「・・・」


 なんとか出した言葉に、王様は申し訳なさそうな表情で返事を濁した。

 私はその顔を見て思い出す。確かに、魔王討伐の報酬として元の世界に帰すことを王様は明言してない。

召喚当時、帰りたいと泣く私に魔王討伐をして欲しいと頼まれ、ならそれを叶えたら帰してくれるのかと聞いたことがある。

 その時、確かに王様とその周りの人たちは私を元の世界に帰すとはっきりとは言っていない。

けれど魔王を倒したら帰すというような態度をとったのだ。

 泣く私を慰めながら時に困ったような笑顔で頷きながら宥め続け、最終的に私は魔王討伐の決意をした。

今思えば、国を動かす人たちの巧みな交渉術だったのだろう。


 私が望む元の世界に帰す術は無い。でも召喚した聖女に協力してもらわないといけない。

 罪悪感はあったのだろうが、自分たちの世界を守るために帰還できると勘違いさせて、勇者一行に協力させたのだ。


「・・・」


 ひどい、という言葉は声にならなかった。

 代わりに後ろで仲間の息を呑む音がする。私が何度も旅の途中で帰ったらこんな事をすると散々語っていたせいだろう。

 振り返って仲間を見渡すと、王子様だけが複雑な表情をしていた。


「・・・貴方は知っていたの?」

「・・・すまない」


 頭を殴られたような衝撃を受けた。彼を一番信頼していたからだ。彼はこの世界で初めて手を差し伸べてくれて親切にしてくれた人だから。

 旅の途中でも細かい気配りや、元々見目も良いせいでだんだんそれ以上の感情を持っていった。

 でも私は元の世界に帰る予定だったのでそれ以上の気持ちを伝えることはせず、この感情は大切にしまっておこうと思っていたのだ。


「最初から?」

「・・・ああ」


 聞かなきゃ良かったと思うと同時に、彼との数々の思い出が蘇る。

 暖かい記憶や心配した記憶、ちょっとドキドキした記憶に共に辛い思いをした記憶。

 でも、最初から彼は私の願いが叶わない事を知っていたのか。


「そっか」


 ストン、と信頼していた物がゼロになるってこういう感覚なんだなと思った。


「ヒカリ、」


 王子様が私の名前を呼ぶ。それなりに時間を共にしたのだから私の感情の変化を読み取ったのだろう。

 その呼びかけに応える気力はなく、俯いて旅の途中で見たものを思い出した。

 滅びた街、魔物の脅威に晒される人々、助けられた人たちの笑顔。

 この国の被害をこの目で見たからこそ、騙してでも聖女を旅に同行させたかったその気持ちが分からないでもない。


 けれど。


 同時に思い出すのは魔王が討伐されて浮き足だったお城の人たち、何か欲しいものはないかと聞く王様、 微笑んで頭を撫でてくれた王子様。


 その人達は始めから私の望みが叶わない事を知っていたのだ。

 理解はできるけど、暗い感情も生まれる。

 でもこの謁見は祝い事であるのでなんとか前向きな言葉を吐き出すように頑張った。


「この世界の人たちを救えて良かった」


 泣いたって、喚いたって、きっと私の願いは叶わない。

 優しい人たちだ。逼迫した状況だったのだ。仕方がない。

 長年脅威だった魔王が倒されたのだ。きっとこの国の人たちにとっては祝い事なのでそれに相応しい笑顔を一生懸命取り繕う。


 でも、最初から裏切られていたという気持ちが、消えない。

 帰れないと理解が追いつくと負の感情がだんだん大きくなってくる。止めなきゃと思うものの、黒い感情が膨れ上がる方が早かった。


 私は事情を知っていたであろう王様とその周囲の人たち、そして青ざめている王子様を見渡して一言問いかける。



「これで、満足しましたか?」




 翌日、聖女は消えた。








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