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鬼道、つれづれ日記  作者: 椛こま
8/20

しとしと 8

 


村山はかなり賑やかな宿場だった。川を使った交流が盛んらしく市が賑わい多くの商店が立ち並んでいた。

 四人は里の外れで馬を下り、近くの旅籠の馬屋に馬を預けた。

 丁度昼時になっていて腹が空いたので、その旅籠でうまい料理屋を聞くと、貴船という船宿がありそこが一番栄えているという事だった。


「このまま真っすぐ進めばいいだけです。川のほとりにある大きな船宿なのですぐわかりますよ」


 気のいい亭主はそう教えてくれた。

 お礼を言い、四人は言われた通り、真っすぐ川を目指して進んだ。

 宿場なので旅籠が多いのは確かだが、色んな商いの店が並んでいた。歩いている人も少なくない。忠平は子供のようにはしゃいで店の前に並べられた商品を見て回った。

 そう足を進めない内に、一際立派な店構えの店が目に入った。確かに分かりやすい。大きな暖簾に「貴船」と染め抜きがある。

 暖簾をくぐると、それに気づいた奉公人がすぐに駆け寄ってきた。


「お食事ですか?船を出しますか?」

「食事をお願いします」


 武千代が答えると、奉公人は後ろの三人を見た。


「奥の座敷も用意できますが、どうしますか?」

「いいえ。普通の席でいいです」


 武千代が丁寧に答えると「では」と四人を案内した。

 その先の暖簾をくぐると平場に簡単なこしらえの卓と椅子が並んでいた。席の半分が埋まっている。四人は川が望める席に案内され卓を囲むように座った。


「ここは何が美味しいのですか?」


 座るなり武千代が尋ねると、


「焼き魚がいけますよ」


 奉公人は即答した。武千代は良房と忠平の顔を見る。二人はそれでいいと頷いた。


「では。焼き魚とご飯と汁物を三人前と」


 そこで言葉を切ると、黎人のほうをチラリと確認する。市女笠は脱いだが黎人(あきと)は扇で顔を隠しながら少し手を振った。


「酒を一合お願いします」


 奉公人は「分かりました」と元気に答えて下がって行った。

 良房と忠平は無言で武千代を見つめた。


「お父様は食事よりお酒がお好きで」


 二人の視線から逃げる様に武千代は外の景色を眺め、

「川沿いの店は涼しさが増しますね」と話題を変えた。

 黎人も外を眺めている。

 陰陽師が昼から酒を飲むことも例外だが、食事も取らずにただ酒だけを飲むのか、と忠平が畳みかけそうな気配を感じて、良房が忠平の足を踏んだ。

 そして、細い目をさらに細めて、「余計な事を言うな」と圧力をかけた。

 その迫力にさすがに忠平も出掛けた言葉を飲み込んだ。


「私たちが除霊した女の霊は、その市郎さんと関係があるのでしょうか?」


 良房は昨日からの疑問を口にした。

 黎人は少し扇を下げ、良房を見る。


「関係ないな。市郎の、会いたいという声に呼び与寄せられたのだろう。人形を取っていたのに口もきかず、人に危害も加えなかった事を考えても、低級な霊が市郎の邪気を纏って成長したのだろうな」


「でも、私たちはあの女のから邪気を感じませんでした」


 そう良房が言葉を繋ぐと、黎人は扇を閉じた。


「女が寄せられた時には市郎の邪気もあそこまでではなかったか、女が来たことで市郎の気が一端おさまったか、」


 そこで少し考え込むように言い淀む。


「他にも何か原因があったのか・・・」


 自分自身にも聞いているような答えだった。


「でも、女がいなくなったことで市郎の邪気が増したことは確かだと思うよ。あの晩あそこに私たちが居れたことは良いことだったよ」


 確かに、そうだ、あの晩捕縛出来なければ村人に被害が出ただろう。良房は今更ながらぞっとした。陰陽師が除霊に出向いて住民に被害を出すなど恥ずかしいことだ。ただの霊だと思い込み自分たちは仕事に失敗する所だったのだ。


「そんなに気に病まないでくれ、西家の子よ。君を落ち込ませるつもりなどないのだ。こんな事はとても稀なことだし、気づかなくて当たり前だ」


 向けられた微笑みに、良房はつい微笑み返してしまい、慌てて表情を引き締めた。


「そう言っていただき、少し気が和らぎます」

 と、頭を下げた。


「君はとても聡明で真面目な子だね」


 黎人の瞳は自分の身内を見る様に優しい。良房は心がじんわりと温まっていくのを感じる。

 実に不思議なお方だ。

 良房はつくづくそう実感した。


「私も聡明です」


 ちょっと照れて下を向いた良房を手で押しのけて忠平が顔を前に出す。その様子に黎人口元から笑みが零れた。


「ああ、もちろんだとも。君は聡明で真っ正直だ」


 ほろほろと笑う顔があまりに美しくて、忠平だけでなく良房も顔を赤らめた。

 そこへ、食事が運ばれてくる。


「お待ちどう」


 炭の香りを纏った焼きたての川魚からはもくもくと湯気があがり、真っ白い米からは炊き立てのいい香りがする。汁物にもごろごろと根野菜が入っている。


「これは・・・」


 三人はその匂いに唾を飲み込んだ。

 黎人の前にも酒が置かれる。


「さあ、腹を満たそうか。なんともいい香りじゃないか」


 黎人の声を合図に三人は一斉に箸を動かした。若者たちが黙々と美味しそうに食事をする姿を黎人はさも嬉しそうに見つめながら桝酒を啜った。


「ほう」


 これは美味い。まろやかな甘みとつきたての餅のようなふくよかさが口に広がった。

 目の前に広がる光景と酒のうまみで黎人はすっかりいい気分になった。

 そこへ、船便が着いたようで10人ぐらいの村人たちが入って来た。そのまま外へ行く者もいたが、数人の男たちが空いた席に腰を下ろした。

 奉公人が飛んでくる。


「何にしましょう?」


 男たちは全員うどんを頼んだ。

 そして船で固まったからだを伸ばすと、肩から荷を下ろす。


「それにしても災難だったな」

「ああ、まさか仏さんにあっちまうとは」


 そんな物騒な会話が黎人達の席にも届いた。


「珍しい事じゃねーにしても、やっぱり見ちまうと気が滅入るよ」


 忠平が席を立ち男たちに近づく。


「やはり川が近いと水難事故が多いのですか?」


 男たちは一斉に振り向くと、明らかに地元の人間ではない色の白い男に不審な顔をした。


「何だい、あんた」


 声から警戒していることがよく分る。


「陰陽師です。近くで祓いがあった帰りなのですよ。ここでも水の事故が多いようなら祓いをしたほうがいいかと思いまして」


 ああ、と男たちは納得すると、態度を変えた。


「まあ、ないとはいえないがそう数が多いというわけではないよ。陰陽師殿がわざわざ祓うほどの事もないさ」


 男たちはそう頷き合った。

 陰陽師がお祓いをするとなるとそれはかなりの大事だった。続け様に不幸が起こったり大きな天災が降りかかった時などかなり特別な事態になった時だ。しかも、里全体で話し合った結果里長が陰陽寮に願い出るものと決まっていた。

 自分たちよりずっと身分が上の偉い方が、自分たちの事を気に留めてくれたという嬉しさから村人たちはすっかり忠平を見る目が変わった。


「まあ、座って下され」と椅子を勧めた。

 忠平は「ありがとうございます」と綺麗なお辞儀をしてそこに座った。

 昨日から一緒にいた人物とは別人の、陰陽寮筆頭の西家の第五席としての振舞いに武千代は感心した。


「この辺りで水難以外には不審死はないのでしょうか?」


 眉を寄せたその心配そうな顔は村人の心を動かした。


「いや、都の陰陽師さんがそんなに心配して下さるとは嬉しいね」


 うどんをすっかり食べ終わった男が大きく頷いた。


「そうだね、最近はないね」

「最近は?」


 そう聞かれて男は首を大きく回した。そして小声になる。


「この店の前の主人は酷い死に方だったらしいよ」


 小声に合わせて忠平は男に顔を寄せた。


「二年近く前になるとは思うけど、奥さんが急にいなくなってしまってね。働き物のいい奥さんだったんだよ。この店も奥さんが切り盛りしていたんだ。いなくなった後、ご主人は狂ったように奥さんを探していたそうだよ」

「それで?」

「奥さんは結局見つからず、ご主人は山道で疲れ果てて寝ていた所を獣にね、」


 男は言い難そうに言葉を切った。


「酷い遺体だったそうだよ」

「では、今この店は子供が継がれたんですか?」


 男は首を振る。


「いいや、二人子供がいたんだが、ここを売って別の土地へ越したらしいよ」

「そうですか」

 忠平は静かに頷き、「他にそのような話はないのですか?」と聞いた。

 男たちは皆で相談するように顔を合わせたが、全員が首を振った。


「普段は至って平和なところなんですよ」

 男の答えに忠平は「そうですか」と微笑んだ。

 さらに、一言二言言葉を交わすと、忠平は席に戻って来た。


「わかったぜ」


 席に座るなり忠平は親指を突き出し満面の笑みを黎人に向けた。同時に良房が思い切り忠平の頭を叩いた。

「阿呆が」吐き捨てる様に言うと、黎人を振り返った。


「行きましょう、か?」


 黎人はくすくすと笑いながら市女笠を被った。

 店を出た黎人は良房と忠平に里長に会いに行くように言った。


「貴船の前の主人の市郎と言えばすぐに分かるだろう。妻の行方不明から正確に何があったのか聞いてきておくれ。君たちは令証を持っているか?」


 令証は陰陽寮各家が持つ特別な印章で、他の官史でも特別な立場の者は持っている身分証だ。銅に天子様の花である牡丹が彫り出された印章だった。この令証さえ見せれば大抵の所で融通が利くのだ。

 二人も正式に依頼を受けた徐霊ならば、令証を持ってきているだろうが、吉房たちはたまたま霊に出くわし、徐霊をしたのだった。

 黎人の言葉に案の定二人は首を振った。

「そうか」と黎人が頷いて武千代を見ると、武千代が自分の懐から令証を取り出し良房に渡した。


「それを持っていけ」

「分かりました」と良房がそれを受け取った。

「殿たちは何処へ?」

「私たちは先にあの峠へ戻っている。峠で会おう」


 忠平の質問に簡単にそれだけ答えると、黎人は馬を預けた旅籠に向かった。



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