しとしと 7
「で、私たちはどこへ向かっているのです?」
四人とも並んで馬をゆっくりと進めていた。
「川下に村山という宿場があるそうだ。そこの者だと言っていた」
「名前は?」
「市郎だそうだ」
「村山の市郎さんですか」
一日経って、昨日の緊張も解れると、この東家の北の殿様が実に話しやすい人だということを良房は身をもって感じた。
数々の伝説を持つ陰陽師であり、天子様からも一目置かれている人物であり、その気高い人物像はいくらでも聞くが、実際は謎に包まれた神秘の人。
確かに姿は眩いばかりだが、とても気さくな柔らかい人だという事が、こうして半日共にしただけでもわかる。しかも、自分自身を強く律していないと、どこまでも心を許し合った関係のような気さえ起こってしまいそうだと。
「宿場に着いたら里長に会いにいかれますか?」
戸籍はその里の長が取りまとめ保管しているものだ。
良房は出来るだけ丁寧に尋ねた。
「そうだね、でも名前だけだと確認するのに時間が掛かるね」
黎人は少し考え、
「宿場の人に聞いて回った方が早いかもね。あれだけ邪気が強いのだから安らかには亡くなっていないだろうからな。普通じゃない死に方をした男の話を聞いて回ろうか」
「はい、わかりました」
きっちりと返事をした良房の間に、忠平の馬が割って入った。
「東家では怨霊でなくても、こんな風に一々霊の因果を調べて除霊するんですか?」
忠平はもう友人に話しかけるような砕けた口調で話しかけている。
しかも、言葉にはなかったが時間の無駄じゃないかと顔が語っていた。
怨霊は霊剣で斬っただけだと霧散して祓い切れない場合もあるので、霊にこの世の心残りを思い出して貰うこともある。でも相当な怨霊でなければ、ある程度の力があれば斬ればいいだけだった。だから、西家では霊の素性を確かめたりはしない。
強い怨霊にはさらに強い陰陽師が立ち向かうだけだ。
「東家でもしないよ。これは私のやり方だ」
ですよね、と忠平は頷いた。
各家が集まってやる大掛かりな除霊とはまた違うが、東家の者とたまたま一緒に除霊することもあった。その時も実は下準備でこんなことをしていたのかと思ったのだ。
距離感を見失った忠平のその態度を見て、良房は蹴り倒したくなったが、大人しく馬を操った。
「私はね、どんな人にもこの世に心残りを持ったままにして欲しくないのだよ」
市女笠で顔の表情は見えなかったが、黎人の静かな優しい声はなぜかとても哀しく聞こえた。