しとしと 3
都の大きな寝殿造りと違い田舎の屋敷は独立していた。母屋と呼ぶその屋敷には広々とした庇が付いていて十分な広さを感じることが出来る。その庇に悠々と寝ころびながら黎人は庭を見ていた。
隣で武千代が扇で風を送っている。
「美しい庭だな」
「はい」
「家の庭は石ばかりで寂しいからな」
「北対の庭には花が尽きぬではないですか」
優しく微笑みながら武千代が答える。黎人は息子に視線を送った。
「そうだな、いつ目覚めても花が咲いている」
思い出して嬉しそうに微笑んだ黎人の顔は、見慣れている息子の自分でも鼓動が高鳴る美しさがある。
「とと様の庭はとお様の愛情の現れですから」
「そうだね」
二人は顔を合わせて頷きあった。
その時庭から声を掛ける者があった。
「誰かおりませぬか」
若々しい良く通る声だった。
「おりますよ」
武千代が答えると門から二人の青年が入って来た。二人とも濃黄の狩衣を着ている。その衣の色が西家の者だと物語っている。
立ち上がって武千代が二人を迎えた。
「東家の武千代と申します」
「西家の良房とこれは忠平です」
二人は武千代の後ろの寝ころんだままの人物の紹介を待っている。
「あちらは、私の師です」
それだけ言うと二人にも庇に上がるよう勧めた。二人は後ろの人物が気になるもそれ以上は聞けず、庇に上がってきた。
「峠の道の霊を除霊して下さったそうで、ありがとうございます」
武千代が笑顔で話しかける。
その笑顔に良房も忠平もどぎまぎとして視線をずらした。
「たまたま通りかかったら、村人が腰を抜かしていたので。祓ったまでですよ」
忠平は誇らしげに胸を張った。
「人形だったのでもう少し手強いかと思いましたが、あっさり一太刀で除霊出来ました」
良房の方が年長で霊力も上なのだろう、落ち着いた言動だ。
「その人は何か言っていたかい?」
突然、遠くから声がして良房の肩がびくりと揺れた。
「い、いえ何も」
「そう、何も・・・」
そう呟いただけで黎人はその後はまったく動かなくなってしまった。
「里長に依頼されて来られたという話ですが、この後はどうするのですか?」
気を取り直して良房が聞いてきた。
「師と私は今晩その場所に行ってみるつもりなのです。除霊の報告のほうは西家で出して頂いて構いません」
霊剣を使って除霊をする陰陽師の家として、西家と東家はいつもお互いを意識している。月の除霊数は優劣が分る目安として一番わかりやすいのでいつも競っていた。特に西家は当主を筆頭に東家に負けることに我慢ならないと考える者が多い。
今回も先を越された哀れな東家の陰陽師の顔でも見に来たのだろう。
だが、そこにいたのはいつもと勝手の違う二人組だったのだ。
良房も忠平も西家の陰陽師としての実力は上位五番に入る。だから、東家の力のある陰陽師とは顔見知りだった。でも目の前の二人を知らない。
比較的容姿の整った者が多い陰陽師の中でも、武千代ほど綺麗な顔の少年は見たことがなかった。だから、一目でも見れば家で噂になるだろう。でも噂話にも東家にそのような子がいると聞いたことがなかった。
そして、後ろに寝ている人物。
この人物にもまったくの心当たりがない。
陰陽道を生業とする四家は所詮は狭き繋がりで生きている。ましてや常に敵対している東家にまったく心当たりのない人物がいることが不思議だった。
だから、良房も忠平ももう一度峠の道へ行くという二人の側を離れられなかった。
「御同行してもかまいませんか?」
良房の申し出に、武千代は寝ている人物を見た。
「かまわないよ」
その人物は軽い口調で返事をした。