ぷつぷつ 2
事情を理解した、桂、弾心と一緒に忠平たちは一の姫の棟に戻って来ていた。
改めて桂が部屋と姫を霊視した。
基本、西家、東家の両家の者たちは霊視に長けてはいない。視えるものを斬るのが専門だからだ。視えない者をあぶりだしてまで除霊するのは、北家と南家の役目だ。
桂は霊視を終えると、無言のまま懐から札を取り出した。そこにさらさらと呪文を書いて行く。書いた札を四方の柱に張り付ける。そして、また一枚札を取り出し、自分の指を噛みその血を墨に垂らした。その墨で呪文を書き込む。
「結」と呪符に霊気を注ぐ。
「失礼します」
桂は一言断りを入れると、几帳の脇を通り一の姫の背中に回りその札を張り付けた。
ぱん、と何かが弾けたように一瞬で空気が変わる。
「これで、今晩は夢を見ることは無いでしょう」
それだけ言うと、桂は几帳から出てくる。
扇で顔を隠していた姫から、安堵のため息が漏れた。
「身体が嘘のように軽くなりました。ありがとうございます」
姫は緊張の糸が切れたのか、その一言を言うと倒れてしまった。慌てて控えていた侍女がお世話を始める。
桂たちが動けずその場に居ると、几帳の奥から母親である三条家の正妻が現れた。
「こちらへ」
奥方に案内されて四人は渡殿を歩いて行く。
向かう先がだと分かると、これから会うべき人物に察しがついた。四人は黙って従った。
うつる病でもないのに北対は妻戸も格子も全て閉められていた。
入り口で奥方はろうそくの火を一つ受け取った。
妻戸を少し開け中に入って行く。
真っ暗な中にろうそくの炎だけが浮かび上がる。
でも慣れ親しんだ自分の住まいという事もあり奥方の歩みに迷いはない。
薄っすらとした灯の向こうに帳台が見えた。奥方は垂れていた帳を紐で結んだ。
「殿も視て下さい」
横に避けた奥方の前方に横たわっている男がいた。部屋に入った時から感じていた薬香の匂いが増して強くなる。鎮静効果のある香を焚いているのだろう。近づくと帳台の周りはむせるぐらいだ。
忠平は思わず鼻を袖で覆った。
桂が帳台の脇に立ち霊視を始めた。
印を結びながら、神言をぶつぶつと唱えている。それが終わると、先ほどと同じように部屋の四隅に札を張り、今度は血墨で三枚の札を書いた。そして額、胴、足の裏に張り付ける。
すると、さっきまで唸り声を上げながら寝ていた、三条の殿様の寝息が静かになった。
「これで、一先ずは安心かと」
桂が奥方に告げる。
奥方は顔色一つ、視線一つ変えずにただ頷いた。そして、また先頭に立ち部屋を出て行く。四人はそれに続いた。
きっちりと蔀で区切られた隣の部屋に移動する。
庭に向かう廂に席が設けてあった。
奥方は四人に円座を勧めた。四人は会釈をするとそこに座った。
奥方が手を叩くと、侍女が茶を運んでくる。皆の前に茶が置かれるとやっと奥方が口を開いた。
「何者が殿と姫に祟っているのでしょうか?」
声には何の抑揚もなく感情が読めない。
「お二人に祟りそうな霊にお心当たりがあるのでしょうか?」
桂が反対に尋ねる。
奥方はただ「さあ」と首を振った。
「朝廷での事は分かりかねますが、別段人に恨みを買うようなお人ではありません」
「そうですか」
桂は湯飲みを口に運ぶと、一口茶を啜った。
「お二人は霊に祟られてはおりません。誰かに呪いをかけられております」
奥方はゆっくり視線を桂に向けた。
「呪い?」
桂はその何の感情もない瞳を受け止める。
「そうです。呪詛されてます。それも強力な呪詛です」
桂の正直な物言いに、少し離れて控えている忠平は平静を装うのがやっとだった。
でも奥方の感情に変化は見えなかった。
「それで、その呪いは解けるのですか?」
桂は首を振る。
「出来ると、はっきりは申せませぬ。得に殿の方は大分呪いに侵されてしまっている」
奥方は静かに隣の部屋へ顔を向けた。
「そうですか」
「二人の呪いを解くため、全力を尽くす事だけお約束いたします」
桂は頭を下げた。三人も一拍置いてそれに倣う。
「そうですか、それでこれからどうすればいいのでしょうか?」
「まずは屋敷内を調べさせていただきたい。それと、家人から話を聞きたいですね」
「分かりました。屋敷内は自由に探索して下さい。家人には陰陽師の方の質問には答えるよう伝えておきます」
奥方はそれだけ言うと、また手を叩いた。
その音に呼ばれて男の家人が現れた。
「この者は長くこの家に仕えている者です。何かありましたらこの男にお尋ね下さい」
奥方は男と陰陽師たちを残し部屋を後にした。
男は黙ったまま控えている。
長く三条家に仕えて居ると聞いたが、まだ20代に見える。
皆で部屋を出て行くと外はすっかり日が暮れていた。
「今日は帰ります」
桂がそう告げた。
男は、分かりましたと頭を下げる。
「明日、また来ます」
そう断って四人は三条家を後にした。




