しとしと 17
しとしと17
「いや~、まだ胸が高鳴っている。何ともいえない気分だ」
忠平は、一日経っても昨日の除霊の興奮が冷めないようだった。
昨日からずっとその気持ちを聞かされ続けている良房は「はいはい」と気持ちのこもらない相槌だけを返した。
「それにしても、俺にはお安さんの気持ちが分からないよ。あんなに苦しく辛かったなら、離縁して家を出れば良かったんだ。なんで、我慢してずっと暮らしていたんだろう」
「お安さんも言っていたじゃないか、市郎さんは非の打ち所のない夫だったんだ。離縁なんて出来ないだろうし、苦しかったかもしれないが、良い時もきっとあったんだ」
良房の言葉に忠平はまったく納得できないと眉を顰めた。
「そんなわけあるか、あんなに毎日嫌味を言われながら、罪悪感を背負わせられて、いい時なんてあるかよ。とにかくちゃんと言いたい事は言った方がいいんだ。家の奥方様みたいにね」
良房は呆れて渋い顔になる。
「お前よくも奥方様のことをそんな風に言うな。信じられん。それに、奥方様だって殿に言いたいことを言っているとは限らないんだ」
しかりつける様に言い切った。
「ほお、良房は随分人ができてるなぁ」
急に声を掛けられて、二人は驚いて身体が固まる。
「お葉様、驚くじゃないですか」
「すまんすまん」
「そうなんですよ、こいつは昔から悟りきったようなじーさんみたいな所があるんですよ」
忠平は「17にしてじーさんです」と言いつけた。
「ははははは」
葉は豪快に笑った。
「お前たちはいい相棒だな。あのぶっすり、むっつりとした清煌の育てた子供とは思えんな」
あははは、とまた笑う。
「あの、黎人様は大丈夫なのですか?」
良房は忠平を無視して、自分の一番の心配事を口にした。
昨日、市郎を昇華した後、黎人はその場に倒れてしまったのだった。
「ああ、心配ない」
葉は安心させるように良房の肩をポンと叩いた。
「霊力が切れてしまっただけだ。久しぶりに除霊をしたので霊力の調節を見誤ったそうだ。霊力が溜まるまでは寝てるしかないそうだよ」
「そうですか・・・」
良房はほっと肩を撫でおろした。
だが、考えないではいられないことがあった。
「お葉様は、13年前の大厄災に何があったかご存知ですよね?」
「うん?」
葉は怪訝そうな視線を送った。
「私の父は当時西家の五席でした。父は大厄災で死にました」
葉の顔つきが変わる。
「そうか、時代を継し子供か」
慈愛が籠った瞳で良房を見つめると、そっと、頬に手を置いた。
「よくぞ、こんなに立派に育った」
良房の両目から涙が溢れる。その涙に驚いたように、良房は慌てて頬を拭った。
「すいません、なんで涙が」
葉は優しく頷くと、頭を撫でた。
「お前の知りたいことすべてを私が教えることは出来ない。ただ、黎人に関してだけ言えば、あの厄災を抑えるために、天命の子としてあれは全ての霊力を使い果たした。本来なら役目を終えた天命の子は死ぬはずだった。だが私たちはその最悪の場合に合わせて黎人と、呪いの子千翔を生かす算段を付けていた。全ては計画通りとはいかず、千翔は失ってしまったが、黎人はなんとか助けたのだ。ただ、あれの身体は人のそれとは違い霊力の器のような形になった」
初めて聞く話に良房だけでなく忠平も真剣に聞き入った。
「普段はもっとうまく制御しているそうだが、色々計算が狂ったんだな。私たちと会って気持ちが高揚したのも良くなかったのかもしれない。まあ、とにかく枯渇した霊力もまた寝ていれば自然に溜まるし」
そこで一端葉は言葉を切った。
「恐ろしいとしか言いようがないが、もうすぐ弦蔵がやってくる。あいつが霊力を注げば目は覚ますよ」
葉が自分の肩を抱いて震える素振りをするものだから、良房、忠平の血の気は一気に引いていった。