しとしと 14
しとしと 14
三人はひとしきり抱き合うと顔を上げた。
お互いに涙を拭い笑い合う。
「禁足が解かれたと聞き、すぐにでも来たかったのだ、遅くなった」
改めて黎人は頭を下げた。
二人は、首を横に振ってその詫びを否定する。
「遅れたが、葉と鈴に土産を持ってきた」
黎人が「お入り」と外に向かって声を張る。
幸はその声の向かった方に首を振った。幸が立っている妻戸の反対に黎人の連れが三人立っていた。
その中の一番若い男が、声に応えるように部屋の中に入っていた。
葉と鈴が入って来た若者を見つめる。
そして、息を飲んだ。
「黎人、まさか・・・」
黎人は微笑む。
「武千代だ」
三人の目の前まで進んだ武千代は笑った。
「初めまして叔母さま」
また二人の目から大粒の涙が溢れた。
そして今度は武千代を抱きしめ、ひとしきり泣いた。
「千翔様のお顔立ち」
泣きながら、鈴が言う。
「兄者の立ち姿に瓜二つだ」
葉が言う。
「とと様にもそう言われます。後ろ姿は武臣そっくりなのに振り向くと千翔がいる、と。そんなに似てますか?」
武千代の問いに二人はただただ頷いた。
そして、また泣いた。
二人の涙が涸れはて、やっと四人は座って向き合った。
葉と鈴は武千代を挟むように座り三人と向かい合う形で黎人が座った。
そこでやっと葉が気づく。
「弦蔵はどうした?」
そして妻戸の外の気配に気づきそちらに目を向ける。
「外に居るのか?」
ううん、と黎人は首を振る。
「入っておいで」
黎人の声で二人の青年が入って来た。
「西家の良房と忠平だ」
呼ばれた二人はそそと近づき、黎人の後ろに控えた。
「西家とは清煌の所の子か?」
「はい」
完全な部外者な空間にさすがの忠平も大人しく返事だけをした。
葉は四人の顔を順に見た。
「変わった顔ぶれだな。それで、弦蔵は一緒じゃないのか?」
「桂もいませんね」
鈴が付け足す。
「そうだ、桂もいないじゃないか。よくあの狂人どもがお前と武千代との単独行動を許したな。手紙だと禁足の解けた後すぐここを訪ねるつもりだったがお前の体調が悪くて少し遅れそうだと詫びてきてたんだが」
どういうことだ?と黎人の顔を凝視した。
黎人は何故か外を見ながら答えた。
「年に一度の御前報告会へ当主と一席は出席しなきゃいけなくて、弦蔵と桂は宮廷に赴いているのさ。そんな時に急ぎの除霊が入ってね」
「葉様、さすがに十三年も経ったのです。あの激しい程の激情も今は落ちついて大河のようにおおらかな愛情に変わったのですよ。弦蔵様も一緒でないとどこにも出掛けさせないなんて、もう若様をお縛りになったりはなさらないのですよ」
決してこちらを見ない黎人に付け足すように鈴がそう言うと、
「いいえ、内緒で出てきました」
武千代がその言葉を否定した。
「それは、大丈夫なのか?」
葉が心配そうに、我知らぬと決め込んでいる黎人の顔を覗き込んだ。
「大丈夫ではありません」
代わりにきっぱりと武千代が答えた。
「大丈夫だよ。あ奴らより先に屋敷に戻ればばれることはないから。私の渾身の霊力を注いだ替え玉を置いてきたからね」
うん、大丈夫。と自分に言い聞かせる黎人を葉はあきれ顔で見つめた。
「奴らより早くって、御前会議はいつまで何だ?」
「通常五日間です。でも、毎年大体二日は伸びますね。だから、最短で終わっても後二日あります」
忠平が代わりに応えた。
「長く家を空けるので、この時期はうちの奥様も本当に機嫌が悪いので・・・」
と余分なことまで付け加える。
「そうか、藤原の姫もまだ清煌にそんなに惚れ込んでいるのか。どこも情愛の深い伴侶を持つのは大変だな」
あはははは、と大口を開けて葉が笑った。
「あまり、人の事言えないと思いますが・・・」
鈴の小言は小さく葉の耳には届かなかったようだ。
「で、その除霊ってなんだ?」
感動の再会で忘れていたが、葉の言葉でやっと仕事の話になった。
それまで黙ってその輪の中にいた、良房が簡潔に状況を説明する。その話を聞き、葉と鈴は顔を見合わせた。
「二年ぐらい前に逃げ込んできたか、助けた女ね」
少し考え込んだ葉に代わり、
「梅でしょう」
鈴が即答した。
「ああ、梅か。確かに条件に合うな」
葉も納得する。
「本当にボロボロの状態で山に倒れていたところをここの若いもんがたまたま見つけて来たんだ。死んでもおかしくなかったが、命を繋ぎ止めた。目覚めた時、私は生きているのですか?と聞いてきたな」
切っ掛けをもらい葉の中の眠っていた記憶が次々蘇る。
「身体の怪我の状態から酷い目に合ったのは確かだったから、目覚めたことを後悔しているようで、私たちは心配して目を離さなかった。でも、信心深い人だから自ら命を絶つことはないと分かって、ほっとしたのを覚えているわ」
そうだった、そうだったと葉が大きく頷く。
「では、今は元気で?」
「ええ、料理が上手いから台所を任せているのよ」
「会ってもいいか?」
黎人が聞くと、二人は同時に頷いた。