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鬼道、つれづれ日記  作者: 椛こま
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しとしと 13


しとしと 13


 薬屋に飛び込んできた葉を見て鈴は驚いた。こんなに興奮した葉を見るのは久しぶりだった。


「どうしたの?」


 と、声を掛けられた葉は持っていた印章を鈴に差し出した。鈴は葉の手の中のそれを見た。

 息が止まる。


「・・・こ・これ?」


 信じられず、葉の目を見る。葉が、うん、と大きく頷いた。


「東から千鳥が来た」


 目を見開いて固まってしまった鈴の手を取って葉は走り出した。

 鈴の居た薬屋は庭の端にあった。二人は薬草畑を駆け抜け、池を渡り寝殿の母屋に戻った。

 開け放たれた妻戸を抜け母屋に入るとそこに立っていた人物と目が合った。

 その瞬間、黎人(あきと)の目から涙が溢れる。

 葉と鈴の目にも涙が浮かんだ。

 言葉もなくゆっくり近づくと三人は手を握り合った。

 黎人は自分の周りが急に火に包まれる感覚に堕ちた。

 燃え盛る炎が蘇る。

 焼け落ちる家屋の中、大火に包まれながら葉と鈴が倒れている。黎人は必死に駆け寄り、結界を張った。

 倒れた二人の下には最愛の妹、千翔(ちか)が気を失っている。


「遅くなった」


 千翔を庇っていた二人を助け起こす。

 千翔に火の手が及ばないよう庇った鈴の右手は焼け爛れていた。その上から二人を庇った葉の背中はすべてが焼け焦げていた。

 ああ、

 落ちる涙を拭いもせず、黎人は未だに生々しく残る葉の耳下から首の火傷の跡に手を置いた。衣服でそこしか見えないが、そこから続くその火傷のひどさを黎人は知っている。

 そして、ただれ引きつった鈴の右手を優しく握った。


「まだ、こんなにも・・・」


 葉は置かれた手に顔を寄せた。

 鈴は強く手を握り返した。


「何の支障もない」


 そう言った葉と、涙で言葉も出ない鈴を黎人は引き寄せ抱きしめた。

 三人は一つの塊になり抱き合った。

 妻戸の側でその様子を見ていた、幸は動揺していた

 あのように無防備な葉と鈴を見たことがなかった。まして、あの火傷の跡を人に触らせるなど。

 幸が二人に仕えるようになったのは、葉の家、物部(もののべ)家が禁足となり、鈴と一緒にこの扇野郷にやって来てからだった。領主の娘である鈴と鈴が仕えていた家、物部家の姫、葉はその時瀕死の大怪我を負っていた。

 ことに葉の怪我は酷かった。

 郷は二人の世話に追われた。

 都を襲った天災と関係あるとは想像が出来たが、その真相を聞く事も口にすることもはばかれた。

 それから13年。幸は二人に仕えていた。

 怪我から回復した鈴が、橘家領主であった父親の亡き後新たな領主となり、葉と力を合わせこの地を守ってきた13年。

 幸には何物にも代え難い13年だった。

 だが突然目の前で、誰より尊敬し敬愛する人の過去を突きつけられて、幸は激しく揺さぶられたのだ。

 13年前の旧都の大火については、幸のような普通の民は何が起こったのか知らない。


 大厄災がやって来るという占により遷都が決まり、そのためほとんど人のいなくなった旧都で大火事が起こった。逃げ遅れた者数十名がその火事に巻き込まれたと聞くが、火事の規模からしたら最小限の犠牲者だった。

 だからか不幸中の幸いだと民は皆、いち早く遷都を決めた天子様、その厄災を予知した陰陽寮の陰陽師たちを崇めた。


 だが、被害が最低限だったとはいえ多くの民が亡くなったことも事実だったため、都の警護責任者であり禁軍将軍だった物部家が責任を取る形になった。当主、物部武臣(たけおみ)がこの大火で殉死していたこともあり、都所払いのうえ、引き受け先となった橘家の領地の扇野郷に禁足を命じられたのだ。

 その禁足がこの春の恩赦で解かれ、晴れて葉たちは自由になったのだ。


 幸は初めて13年前の大火で何が起こったのか知りたくなった。



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