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鬼道、つれづれ日記  作者: 椛こま
12/20

しとしと 12


 扇野郷(おうぎのさと)

 都の東北に位置する霊山の山裾の狭い盆地に郷がある。天子領ではなく、橘という豪族が開墾した個人の領地であるため、領主の許可なくしてその土地には入れなかった。

 その豪族橘家の領主が女性であることからか、いつの頃からか問題を抱えた女たちがこの地に逃げ込むようになり、今や男子禁制を掲げた一つの国のようになってた。

 山に囲まれた自然の擁壁に大門が作られ誰もがここで足止めされる。

 4人も距離をとって馬を下り、武千代が門番に近づき話し掛ける。


「陰陽家、東家から来ました、武千代と申します。」


 武千代は腰から印章を取り、門番に見せた。武千代の印章は木に東家の紋、左浪の丸が彫られた物だ。

 印章は自分の身分を表す物で、誰もが持っていた。

 一般的に、里、国、など生まれた場所の紋が墨で描かれていて、裏に生年月日と名前が記されている。

 陰陽師など朝廷に仕える役職や貴族たちはそれぞれ独自の紋を持ち、それらすべての紋は朝廷で管理されていて、武千代のように彫り物の印章は朝廷からしか発行されていず、その数もまた管理されている。

 門番は黙って印章を見つめた。


「お館様から陰陽師が来るとは伺っていない」

「川下の里の依頼で除霊にきたのですが、そのことで領主様にお話を伺いたいのです」

「ならば、その里の長が手紙で許可を取られるのが筋というものだ」


 門番はつっけんどんに武千代に印章を返した。


「帰られて、手続きを取るのがよかろう」


 その後は武千代が話しかけても一向に返事もしてくれない有様だった。


「いや~、無理だと思っていたが、無理そうだね」


 少し離れた場所でその様子を見ていた忠平が良房に囁いた。


「天子様の世継ぎの誕生で恩赦が出て、やっと物部家(もののべけ)の禁足が取れたばかり。この地に入るのは命がけで駆け込む女だけで、ここを正式に尋ねる者などいなかったのだろう?」


 と、昨日良房に聞いた知識を教えてくれた人物に披露した。

 二人は薄絹の垂れた市女笠(いちめがさ)で日を避けている御仁に視線を送った。

 黎人(あきと)も無視され続けている相手に必死に頼み込んでいる武千代を見ている。

 その武千代の声を聞いてか、門から一人の女が出てきた。男のような狩衣を着ている。

 身分が高いのであろう、門番たちが一斉に頭を下げた。


「お(こう)様」


 幸は手で門番を制した。


「何事だ?」


 幸の質問に門番たちは事の成り行きを説明する。門番たちが説明している間にするすると黎人が武千代たちに近づいた。

 事情を飲み込んだ幸が振り返った時だった。


「これをお葉殿に渡して下さい」


 スッと懐から小袋を取り出し幸の手に渡した。

 一瞬の早業に幸はなすすべもなくその物を受け取ってしまった。


「渡してくれれば良いのです」


 笠で顔も見えぬ男の言葉には逆らえない力があった。

 幸はぎこちなく頷き、門番に車所で客人を待たせるように言い渡し、急ぎ足でその場を去った。

 去りながら袋を開く。

 中からは翡翠の印章が現れた。

 陰陽師、東家を表す、左浪の丸。だが一部が違う。浪が合わさる部分に千鳥が飛んでいた。左浪に千鳥。品が翡翠ということもあり、幸にもこれが個人の紋だと分かる。

 陰陽師と言えど個人の紋を持っているのは各家の当主だけだろう、ということは当主だという事だろうか?ならば、なぜそう門番に言わなかったのか?

 紋を前に幸の頭の中には次々と疑問が渦巻いた。

 とにかく、ただならぬ事に思えて幸の足は自然と小走りに変わった。


「お館様」


 母屋に駆け込むと幸は声を荒げた。

 奥の置き畳の上で何か書き物をしていた人物が顔を上げた。


「なんだ幸、そんなに慌てて」


 幸は駆け寄ると胸に抱くように持っていた小袋を差し出した。


「門で陰陽師という男がこれをお館様、お葉殿に見せて欲しいと」


 全力疾走したかのように息が切れて、幸の声はザラザラとしていた。

 葉は黙って受け取ると、袋を開けて印章を取り出した。

 そして、一目見るなり立ち上がった。


「鈴を呼んでくる。お前はすぐにその男をここへ通せ」

「ここへ、ですか?」


 ほとんど客など来ないが、母屋に人を通したことなど一度もなかった。車所か侍所に通しそこで会うのが常だった。


「鈴は何処にいる?」

「えっ」


 幸の頭は事の進展についていけなかった。


「えっと、領主様は今日は薬草を干していらしたと」


 やっと返事を返した時には葉の姿は廊下に消えていた。

 訳が分からいなまま幸も急いで門に向かって母屋を飛び出した。



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