しとしと 11
武千代は街道に戻った。
やはり、良房と忠平が乗る馬だった。二人も武千代を見つけ馬を止めた。
「何か分かりましたか?」
馬を下りた二人に武千代は聞いた。
「ああ、」と話し始めようとする良房を、後から来た黎人の手が止めた。
「宿に戻ってから話そう」
いつまでも喜平の所で世話になるのも申し訳ないので、今日は宿を取ったのだ。三人を納屋に泊めて置くのも可哀想だ。
喜平の里には宿がなかったので、峠を越えた隣里に四人は宿を取った。
宿と言っても一つの部屋に雑魚寝するだけなのだが、清潔な寝床が用意されるだけでありがたいことだったし、この日は他に宿を取っている者がいなかったので、四人は悠々と部屋を使えた。
宿の主人が、飯と汁物だけの簡単な夕食を運んできた。
明らかに都からやってきたという風貌の四人に主人は興味津々だった。
「こんな田舎になんの御用がおありですか?」
「隣里に行く峠の道に霊が出ていたのご存知ですか?」
人当たりの良い忠平が率先して、相手を買って出た。
「それじゃあ、都から来た陰陽師殿ですか?」
見開いた目で主人は繁々と忠平を眺め、「いや、これは凄い」と大仰に相槌を打った。
「雨ごいの祈祷は見たことがあったが、除霊をする陰陽師にお目にかかれるとは、長生きするもんだ」
「この辺りはあまり怪異がないのですね」
「そうですよ、みんなぽっくり死にますよ。そんな恨みだ、未練だってそんな風に亡くなるもんは余りいませんな。狸や狐に化かされるもんのほうが多いな」
アハハハと勢いよく主人は笑った。
そんな二人のやり取りを横目に扇で顔を隠した黎人が武千代に何やら耳打ちをした。武千代は軽く頷くと忠平の隣に膝を寄せた。
二人の会話が止まる。
「ここには酒が置いてありますか?」
主人はまじまじと武千代の顔を見た。
「お祓いにお使いになるのですか?」
「いいえ、師が、」と武千代がちらりと黎人に視線を送った。
「ああ」と納得した主人は「自家製の物になってしまいますがいいですか?」
「ええ」扇で隠れた頭が頷いた。
「それでは」と主人はいそいそと部屋を後にすると、そう待たせることなく酒を運んできた。
また二、三忠平と会話を交わすと「ごゆっくりと」頭を下げ主人は下がっていった。
腹を空かせていた三人は文句も言わず出された飯をうまそうに頬張り出した。黎人はそんな若者を肴にちびちびと酒を楽しんだ。
白く濁り独特のとろみのついたその酒は柔らかな甘さが後を引く。
「これも、また美味いな」
簡単な食事をあっという間に若者たちは平らげてしまった。
黎人は汁を少し啜ったが、飯には手を付けない。それを、武千代に食べなさいと勧める。いつものことなのか武千代も普通に受け取り、良房と忠平の椀にサッと三等分した。
三等分したそれは一口で無くなるぐらいの量だったため、驚きつつも二人は黙って口に運んだ。
お膳を襖の外に出すと、三人は黎人を囲み本題に入った。
「奥さんは失踪したわけではなかったです」
良房が話し始める。
「店の仕入れで奉公人と一緒出掛けた帰りに盗賊に襲われたそうです。三人いた奉公人の内二人は切り殺されていて、一人は何もかも置いて逃げ出したので、命は助かったのですが、いの一番に逃げ出したのでその後なにが起こったか何も知らなかったそうです。奥さんの遺体は見つからなかった、でも散らばった荷物や草履が片方だけ発見されたことで、そのまま攫われたのだろう、と」
盗賊にとって女の使い道はたくさんある、連れ去られたという判断は間違いないだろう。
「皆に死んだと思ってあきらめろと、言われたそうですが、市郎は諦めなかった。里長も若い者を集めてしばらくは捜索したそうなのですが、その盗賊の行方は分からなかった。それでも、市郎は一人探し続けたそうです。親戚に見放され、子供たちの言う事も聞かず、最後は狂人のようだったと」
「奥さんをすごく愛していたんだな」
しんみりとした良房の声にかぶせるように、忠平が感銘を受けたとばかりにその思いを口にした。武千代も同意を示すように頷いている。
「家族仲は良かったのかい?」
「はい、普通の夫婦だったそうです。店も繁盛して、二人で朝から晩までそれはよく働く夫婦だったと、でも」
良房は一旦そこで話を止めて、黎人を見つめた。
「里長にしてみると、奥さんがいなくなった後の市郎の行動を見てそんなに奥さんに情があったのかと。仲は良かったがあれほどまでに強い情愛とは思わなかったと言ってました」
顎に手を置き、黎人は良房の話を頷きながら聞くと、
「市郎本人も奥さんにすごく執着していた。でも、攫われたとは意外だったな。市郎の執着から捨てられたと思っていた。さっきの話を聞く限り、奥さんが生きている可能性も少ないように思えるのに・・・」
独り言のように呟くとそのまま考え込んでしまった。
三人は黙って黎人の考えがまとまるのを待った。
「明日は」
黎人は急に顔上げた。
「扇野郷へ行こうか」
「扇野郷ですか?」
良房が驚いた声を出した。忠平と武千代にはその驚きが分からない。
「攫われたのではなく逃げたのならば、あそこに居そうではないか?それに、私には一石二鳥だ」
黎人は良房に答えるともなく答えて、にこりと笑顔を作った。
「話は終わりだ、明日は道中が長くなる。さあ、寝るとしよう」
そう言うと、どんどん自分だけ布団を広げ始めた。三人は顔を見合わせたが何も言わずその行動に倣って布団を引き始めた。