しとしと 1
昨夜から雨が降っていた。
雨脚はあまり強くはなかったが、それは途切れることなく、しとしとと路地を濡らし続けていた。
男は笠を深く被り急ぎ足を動かした。
時々小走りになりながらも先を急いだが、日は暮れてしまった。自分の里まではそう遠くないはずだ、男の足はさらに速くなった。
ポチャン
水溜まりの水が跳ねた。
足も着物もぐっしょりと濡れ重くなっている。
ポチャン
また、水が跳ねる。
すると、男の足が急に止まった。男は目を見開いて足元を見つめている。
黒々と広がる水溜まりが男を見返していた。
男はゆっくりと足を持ち上げた。さっきまで軽かった足が嘘のように重い。上げた足から水が滴り落ちる。
その水が赤く見えた気がして男の鼓動は跳ね上がった。
何かの視線を感じて男は周りを見渡したが、そこには闇が広がるばかりだ。
しとしと、しとしと、雨の音がやけに耳に着く。
男は怖さを否定するように首を振ると走り出した。
息が上がり、胸は激しく波打っている。だが、耳にはしとしとという雨の音しか聞こえない。
「わぁぁぁぁぁぁぁ」
男は叫びながら耳を塞ぐとしゃがみ込んだ。
すると、雨の音が消えた。
男は恐る恐る顔を上げる。
ポチャン
目の前に女が立っていた。
女からは真っ赤な血がしとしと、しとしとと滴り落ちていた。
「それで被害は?その男は何かされたのか?」
「転んで擦りむいた程度の怪我だけだそうです。でも、その後雨の日にはその血まみれの女の霊が出没するようになって、最近は雨が降ってなくても出るようになったそうで、村人がとても恐れていると依頼があったのです」
「そこまでしっかり姿を見せていて、何も被害が出てないなんて珍しいことだ。でも人形をとれるのだから、それなりの霊力がある・・・。私と桂は御前に上がらねばならないし、今うちは人手不足だな」
6月の終わりとはいえ気温が上がり、じとじととその暑さが身体に纏わりつく。
どうしたものかと、真人弦蔵は軽く手を振り扇を開いて、パタパタと風を起こした。その視線に壁代を避けて入って来た男が映る。
「私が行くよ」
|真人黎人の爽やかな声に弦蔵は顔をしかめた。