箱庭⑦
「真実ちゃん、私が初めてお家にお邪魔した時、君になんて言ったか覚えてる?」
…確かに、泉はなにか真実に耳打ちしていたが俺には聞こえなかった。
「……お、お兄ちゃんと……全然似てないね。って…。」
「そ、それは別に…二卵性で性別も違うし、似てなかったとしても不思議じゃない!」
「そうだねはる君、別に不思議なことじゃない。でも私は君のお姉さんにそっくりだ。それに…」
泉はひと呼吸置いてから言葉を続ける。
「真実ちゃん自身も気にしてるんだろ?自分が家族と似てないこと。思ったことがあるはずだ、本当に自分はこの人たちの子供なんだろうかって。」
「………。」
真実からの返事はない。
「思春期だから、反抗期だから。そんな言い訳で誤魔化してきたんでしょ?苦しんできたんでしょ?」
「真実…。」
本当に…本当に真実が苦しんでいたとしたなら、俺は何もしてやれていなかった。
兄として、一体彼女にどれほどのことをしてやれていただろうか。
「大丈夫、私が全て肯定してあげるよ。君の考えは…君の不安は全て正しい。君ははる君の弟でもなければその両親こ子供ですらない、赤の他人だ。」
「う、うそ…。」
「嘘じゃない。私とはる君、君とはる君か両親の血縁関係でも調べればすぐ分かるさ。」
「お、お兄ちゃん!もう帰ろ!」
「真実!?」
真実に服を掴まれて、強く後ろに引っ張られる。
揺れる視界の隅で、泉が悲しげな顔でこちらを見ていた。
「真実、そんなに急いでどうしたの?」
聞き慣れた、安らぐような声が聞こえたと思ったら真実の動きが急に止まり俺も真実に寄りかかるような形で静止した。
「ハル君も。」
ふたりして、目の前…廊下に立って教室を覗く姉を見上げる。
「そ、そんな!どうして!」
泉が慌てた様子で取り乱している。
どうやら思緒姉ちゃんがここに来たのは本当に予想外らしい。
「貴女が私に送ってくる情報、全部鵜呑みにするほど私は貴女を信用してないの。」
「思緒姉!この人が私は思緒姉やお兄ちゃんの兄妹じゃないって…お母さんとお父さんの子供じゃないって…!」
「…………それは事実よ。」
「…え?」
「し、思緒姉ちゃん!?」
「でも真実、私はあなたのことを家族じゃないなんて一度も思ったことなんてないわ。」
思緒姉ちゃんが真実を抱き寄せる。
「で、でも…。」
「お姉ちゃんが信じられない?ねぇ、ハル君。ハル君だってそうでしょ?血が繋がってないことが分かったからってそれじゃあ今から妹じゃないだなんて…」
俺は、震えながら泉と真実を交互に見て…思緒姉ちゃんに視線を向ける。
「そんな酷いこと言わないわよね。」
そんな…そんなこと……最初から一つしか答えがないじゃないか。
「お兄ちゃん…。」
思緒姉ちゃんの真っ黒な瞳と、真実の潤んだ目がこちらを向いている。
「….………お兄ちゃん。」
「っ!?」
後ろから泉の声がした。
それは今までの俺を揶揄ったり諭したりする「はる君」という呼び方ではない。
助けを求めるような、俺に縋るような声だ。
「お…俺は…「ハル君。」
俺の言葉を思緒姉ちゃんが上から止める。
「私達と一緒に、お家に帰りましょう。」
「……………うん。」
結局また俺は、なにも答えが出せないままだ。
思緒姉ちゃんに連れられて教室を出る俺たちを、泉は黙って見ているだけでそれ以上何か言ってくる様子もなかった。




