箱庭③
例えば、授業参観で母親がやたらめったら気合が入った格好して来ると何故だが自分が恥ずかしい気持ちになる。
家族のことでそんな思いをした経験が誰にでも一つはあるだろう。
「ハル君、4時限目の現文はよく理解できた?」
「う、うん…まあ…。」
「きちんと復習しないとダメよ?お姉ちゃんが見てあげるからお家で一緒に勉強しましょうね。」
「……うん。」
回りの視線が、刺さるように俺…いや、思緒姉ちゃんに注がれている。
玉波先輩は男女問わずキャーキャー言われていたが、思緒姉ちゃんの場合は教室が異様に静かになる。
こちらをジロジロ見てくるくせに俺が目を向けると途端に視線をずらすのだから、気になってはいるが関わり合いたくはないと言う思いが顕著だ。
しかしそれも当然と言えば当然で、思緒姉ちゃんが1時間目の終わりに初めてこの教室に来た時はそれこそ玉波先輩レベルでキャーキャー言われていた。
中には勇気を出して話しかけようとする猛者までいたが、これに対して思緒姉ちゃんは睨みつけて無視というなんとも攻撃的な対処をした。
結果、授業が始まる前に思緒姉ちゃんが自らの教室に帰っていった瞬間幾人かの生徒が俺に今のは誰だと詰め寄る形となった。
そして事件は2時間目の終わりに起きた。思緒姉ちゃんは教室に入ってくるなり、まるで実際に見ていたかのように先程俺に詰め寄って来た生徒の名前を呼び「私の弟にちょっかいかけないで。」と、不思議な忠告をしたのだ。
それっきり、思緒姉ちゃんのことを聞いてくるような生徒はいなくなり現在に至る。
しかし不思議なもので、思緒姉ちゃんのことを怖がっているわけではないらしく思緒姉ちゃんがいなくなった後には「話しかけられちゃった!」だとか「いい匂いがした。」と言う声が散見される。
「ハル君?どうかした?」
「え?いいや、何でもないよ。」
「…おでこ出して。」
「へ?ちょっ!?」
何を心配したのか、思緒姉ちゃんがおでこをコツンと当てて来た。
「熱はないわね。」
「急に何するんだよ!」
「もし体調が悪いなら家に帰らないといけないでしょ。」
「…。」
その場合、もしや一緒に帰るとでも言うのだろうか。
「大丈夫みたいだし、早速移動しましょう。」
「…ど、どこに?」
椅子に座ったままの俺は、立ち上がった思緒姉ちゃんを見上げる。
「お姉ちゃんの教室で、お弁当を一緒に食べるのよ。」
「………え。」
この姉は何を言ってるんだと思いながら、なんとなく気になった立花さんの方をチラリと見ると両手で頭を隠すような格好で机に突っ伏している。
まるで地震の避難訓練の時みたいな……ひたすら厄災が過ぎゆくのを耐えて待っているように見える。
「さぁ、ハル君。」
思緒姉ちゃんが俺に向け手を差し出してくる。
…もしかしなくても、手を握れと言いたいんだろうか…。
俺は一度教室を見渡して、助けがないことを確認してからその手を取った。
3年生の教室は1.2年生のひとつ上、3階にある。
そして思緒姉ちゃんが在籍しているのは3年1組…確か進学を目指す生徒の中でもより優秀で、難関校を志す生徒が集められたクラスだ。
姉と手を繋いで廊下を歩く、そんな辱めを受けながら1組の教室にたどり着いた俺は奇妙な人垣を目にする。
目的地と思われる3年1組の教室を多くの生徒が覗き込んでいるのだ。
そんな人垣も、やって来た俺たち…というか思緒姉ちゃんを見て道を開ける。
(なんなんだこれ…。)
「…やっと!こ、コホン…や、やっと来たわね、家内。」
扉を開けると教室の中にはポツンと一人、椅子に座って猫をかぶってる玉波先輩がいた。
「さあハル君、お姉ちゃん達と一緒にお昼ご飯を食べましょう。」




