タイツ④
「ねぇ、それ私のタイツなんだけど。」
それは今朝聞いたドスの効いた声でも、普段友人との会話で聞くようなのはほんとした声でもない。
新しい玩具を手に入れた子供のような、そんな喜びを帯びた声だった。
「ち…違うんだ!これは…」
「何が違うの?今、嗅いでたよね?」
「うっ…」
これ以上言い訳出るはずもない、事実なのだから。
「ねぇ」
立花さんはそのまま教室に入ると、コツコツとわざとらしく足音をたてながらゆっくり俺の前まで近づき、俺の両肩に手を置く。
「ねぇ、いい匂いだった?」
「………は?」
一瞬何を聞かれたのか理解できなかった。
「だから、いい匂いだったって聞いてるの。臭くなかった?触り心地は良かった?ねえ、どうなの?」
(こ、怖い怖い怖い!なんなんだ急に!)
興味津々と言わんばかりに頬を紅潮させ、立花さんは俺の肩を揺らす。
「どうだったの!」
「い…いい匂いだった!匂いを嗅いだことは謝るからもう許してくれ!」
「え?」
「え?」
え?
「あー、うん。別に気にしてないから謝らなくて良いよ。それもあげるから好きに使ってね。ひとつ貸し!良かったね。」
「い、いや要らないよ!お前俺のことなんだと思ってんだよ!」
「女子のタイツ嗅ぐ変態でしょ?」
…間違ってはいない。
「それより…」
声色が変わる。
「家内君と野宮さんってどんな関係なの?」
肩に置かれた彼女の両手に力が込められるのが伝わってくる。
……まさかこれを聞くためにわざわざタイツ置いたのだろうか?
もしそうだとすれば俺は見え見えの罠にかかった間抜けに見える…事実そうなのだが。
「ど、どんな関係って説明できるほど深い関係じゃない…金曜日にたまたま通りがかっただけで…今日だって野宮さんが…いっ…!」
俺が野宮さんの名前を口にした瞬間、肩に痛みが走ったような気がした。
「どうしたの?」
「い!いやなんでも…」
間違いなく野宮さんはNGワードだ。
立花さんの顔は笑っているが、じっとコチラを見つめる目が笑っていない。
「それじゃあ今朝のあれは野宮さんが勝手に来ただけなんだね。朝一緒に登校してたのもそうなんだよね。」
登校してるとこも見られてたのか!
それにしてもなぜそんなことが気になるのか。
「そ、そうだ。特に俺から誘ったりとかはしてない。」
「…なーんだ、そう。それじゃあ良いの。」
パッと笑顔に戻った立花さんは両手を俺の肩から離して、軽い足取りでドアへ近づく。
「あ、これは忠告なんだけど…」
ドアへ手をかけようとしたところで何か思い出したのか、くるりとコチラを向いて言葉を続けた。
「野宮さんは私の両親を殺した人殺しだよ。だから家内君もあまり関わらない方がいいよ。」
「…………….え……」
「それじゃあね。」
「ちょっ…まっ…」
最後にとんでもない爆弾を置いて、立花さんは教室を出て行った。




