揺り籠⑥
「お兄ちゃん達…どこ行くの?」
玉波先輩を助けに行くため、玄関を開け家を出ようとしたところで真実に止められた。
「真実…。」
「も、もう外雨降ってるし…危ないよ…。」
真実の言う通り、雨が降り始めてものの数十分で外はすでに大荒れだ。
「母さん達も渋滞に巻き込まれてまだ帰って来れないって言ってたし…。」
…真実は、俺のことを心配してくれているのだろう。
最近は反抗期気味な妹ではあるが、根は真面目で優しい子であることを俺はよく知っている。
「…すぐ…母さん達が帰ってく前に帰ってくるよ。」
「でも!」
「はる君。」
会話に割って入って来れる人物は今ここに1人しかいない。
「先に向かっててよ。真実ちゃんは私が説得するから。」
「な…なんで急に貴女が…。…お兄ちゃん?」
「……。」
妹には悪く思うが、今だけはそばに居てやることはできない。
刻一刻と、先輩に危険が迫っているのだから。
外の状況はまさに暴風雨と呼ぶにふさわしいものだ。
風の音が煩いほど響き、雨は体に打ちつける小石のように痛い。
すぐに服やズボンがずぶ濡れになって体に張り付く。
地図アプリで調べた位置情報を頼りに藤本医院を目指すものの、濡れた衣服が重りとなって全力で走れないどころか風に煽られて体温と体力が一気に削られる。
「はる君!良かった、追いついた。」
「まこと……あ、あれ?」
走り続けて10分ほど経った頃、後ろからまことの声がしたため振り返る。
まことは急いで俺を追ってきたようで、息を切らして膝に手をついている。
しかしその格好は家を出る前と全く違っていた。
上下黒のウインドブレーカーに…黒色のキャップを被っている。
「ど、どこでそんなの着てきたんだよ。」
「へへ、驚いたでしょ。」
驚いたも何も、以前案内されたまことのアパートと俺の家はかなり離れた位置にあり、どれだけ頑張ってもものの10分程度で着替えて俺に追いつくなんて不可能だ。
しかし、今はそんなことを考えていても仕方がない。
「とにかく…急ぐぞ。」
「うん、そうだね。」
再び移動を始めた直後、俺のスマホのメッセージアプリの通知音が鳴った。
画面を確認すると玉波先輩の名前と画像が送られてきたとの通知が表示されている。
「………。」
「どうしたの?」
「いや…。」
画像を送ってきた人物が玉波先輩自身ではないことを確信して一瞬躊躇ったが、迷っていても仕方がないので画像を開くとどこか暗い場所、コンクリートの壁を背に地べたに座らせられた玉波先輩が写っていた。
「…くそっ!」
先輩に意識があるかは分からないが、俯いて表情は確認できない。
しかし、頭か顔…それとも首から出血しているのか服の胸元が赤く染まっていることが確認できた。
「……はる君、落ち着いて。冷静さを失ったら相手の思う壺だよ。」
「分かってる!」
分かってはいるが…この状況で冷静でいることなんて俺にはできない。
「見る限り、藤本は私達がつくまで玉波先輩を殺す気なんてないよ。」
「なんでそんなこと分かるんだよ…。」
「藤本の目的はあくまでもはる君を呼ぶことでしょ?単に絶望させたいならもっとわかりやすい形で…私ならそれこそ散々痛めつけた死体の写真でも送るよ。」
「……。」
「もしもの話だけどね。」
時々まことは引くようなことを口にするが、その言動を聞いて多少冷静になれるというより、自分は自分で思うよりも普通だと思えるから今は隣にいてくれてよかったと思う。
何より、立花さんと野宮さんの件でもそうだったがまことになにか考えがあるにせよ俺の手助けをしようとする姿勢は一貫しておりその点ついては信頼できるだろう。
「さぁ、行こうはる君。」
まことが俺に手を差し出す。
今更気づいたが、まこたは黒い手袋までしており本当に全身真っ黒でその白い笑顔だけが不気味に浮かんでいた。




