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ヒミツ(修正版)  作者: 爪楊枝
1部 6章 揺り籠
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揺り籠②


「………あれ?」


目が覚めると、俺は思緒しお姉ちゃんの部屋のベッドに寝かされていた。


部屋にはすでに思緒姉ちゃんはおらず、1階に降りてソファーで寛いでいた真実まなみに聞くと「雨が降り出す前にジュースとお菓子を買ってくるわ。」と言っていたとのことだった。


時刻は16時。


空は厚い雲に覆われていてこの時間帯にしてはだいぶ暗い。


目まぐるしく形を変える雲や窓を揺らす風、周囲の家の庭や花壇に植えられた植物の音を聞けば…もうじき雨も降り出してくる頃だろうか。


窓から外を眺めていると、ポケットに入っていたスマホが鳴った。


画面には玉波たまなみの文字。


アプリを起動してメッセージの内容を見ると『少しだけ会える?』とひとことだけ送られてきている。


「…ちょっと出てくる。」

「どこ行くの?コンビニ?」

「まあそんなとこ。」

「じゃあアイス買ってきて。」

「はいはい。」


妹との適当な会話を流しながら、財布とスマホだけ持って家を出る。


『どこに行けば良いですか?』


集合場所を聞くとすぐに返信が返ってくる。


『神社』


神社と言われてもこの付近にはいくつかあるが、俺と先輩の間で伝わる神社とするなら一つしかない。


ビュービューと風の音が響く中、俺は足早に夏祭りが開かれる予定だった神社を目指した。





普通の住宅街にその神社はある。


建ち並ぶ民家の中に少し小高い丘のような場所と、石階段と鳥居が現れる。

神社のある丘は木が生えているため枝や葉の揺れる音がより激しい。


石階段の左右には垣根があり、その一本一本に個人名が書かれている。


そんなに段数は無いが登ると少し疲れるくらいの石段を登りきった俺の目に、風に揺れる真っ白な髪が映り込んだ。


「玉波先輩。」

家内いえうち…来てくれたのね。」

「どうしたんです?…そろそろ雨も降りそうですし、風も強いし危ないですよ。」

「ごめんね、でも…どうしても家に居たくなくて。」

「……そう…ですか。」


何か家であったのだろうか…。

俺はまだ、先輩の家庭環境について詳しく知っているわけではない。


玉波先輩の父親には一度会ったことはあるが、その時は一方的に先輩に関わるなと注意されただけだ。


「家内、一緒にお参りしましょ?」


先輩が神社の賽銭箱を指さす。


「良いですよ。」


もちろん俺はそれに応じる。

多分、俺が思う以上に先輩は今日のお祭りを楽しみにしていたのだろう。


ふたりで十円玉を投げて、鈴のついたガラガラを鳴らして手を合わせる。


お参りには作法なんかがあった気がするが、まぁ…今日ばかりは参拝客も俺たちの他にいないだろうし神様も多めに見てくれるだろう。


「家内はなんでお願いしたの?」

「え?んー…」

「なんで今考えてるのよ。」


特に何も考えていなかったというか、お参りの作法とかガラガラの名前とか気になってたなんて言えない。


「俺の願い事よりも、先輩は何をお願いしたんですか?」

「私?私は…」


先輩が視線を逸らし口籠る様子を見て、やはり家族かなにかに関することだったのだろうか考え、質問したことを少し後悔する。


しかし俺の勝手な心配をよそに、先輩は俺の左手を両手で包んでこちらに下手っぴな笑顔を見せた。



「これから先も…ずっと貴方のそばにいたい。それが私の願いよ。」



玉波先輩の淡い紅色の瞳が俺をまっすぐ見つめてくる。


「…………………………な、なるほど……。」


何がなるほどなのかと自分でも思ったが、急にそんなことを言われて照れない奴などいない。

俺は先輩から慌てて視線を逸らすが玉波先輩はこういう時に限ってグイグイくる。


「あら?照れちゃったの家内?ねぇねぇ、どうなの?」

「べ、別に!照れてなんかないですよ。」

「そ。それなら別にいいけど。」


別にいいなんて言いながら、先輩がニヤニヤしているのを見ると俺の言葉を信用していないことがよく分かる。


「家内、来てくれてありがとね。本当は浴衣着て…屋台とか回りたかったんだけど…。」

「俺もです。」

「だから…来年、また来年も…一緒に私とここに来るって…」


今度はどこか自信なさげな表情。


「約束して。」


玉波先輩の表情は本当によくコロコロと変わる。

家族と他人の前ではほとんど真逆の性格と言っていいかもしれないその極端な性格。


しかし、そのどちらにも期待に応えなければいけないという重圧があったはずだ。


家族と対面した先輩の様子を俺は一度しか見たことがないが、それでもあんなに辛そうな表情をした先輩は見たことがなかった。


中学の卒業式の日、先輩はトイレで大人になるのが怖いと言っていた。


だがこうして俺に来年も一緒にいようと言ってくれるのは、先輩の中で何かが変わってきている証なのかもしれない。


そしてそれに俺がひとつの要因として関われているのならば、あの日の約束を少しでも果たせていると…そう思える日が来るかもしれない。


「はい…約束です。」

「……絶対よ。もし嘘ついたら……。」

「う、嘘ついたら?」


「……一生ネチネチ文句言ってやるわ。」


思ったより可愛らしい罰だった。


「雨、降りそうね。」


玉波先輩が手のひらを受け皿のようにして空に向ける。


「そうですね。」

「そろそろ帰りましょ。家内に会えてスッキリしたし。」

「それじゃあ送りますよ。風も吹いてて危ないですし。」

「いいわよ、今日は両親が家に居ないから買い物もして帰らなきゃだし。」

「それなら、ますます送りますよ。荷物持ちもいるでしょ?」

「家内、貴方私のことひ弱だと思ってるでしょ。」

「……いや、思ってません。」

「嘘、変な間があったわ。とにかく1人で帰えれるから貴方も寄り道せずに帰りなさい。」

「うーん、まあ先輩がそこまで言うなら…。」


2人で階段を降りて、鳥居の下でそのまま別れる。


「それじゃあまたね、家内。」

「はい、先輩もお気をつけて。」


先輩の背中が見えなくなるまで見届けてから俺も帰路へとついた。


「あ、真実のアイス買って帰らなきゃな。」


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