私とアナタ③
目があった。
立花さんに近づいた俺を睨むように見る、野宮さんと。
ずっと、寝たふりをしていたのだろう。
そもそもあんな叫び声を近くで聞いて、寝ていられるわけがないのだ。
野宮さんが今の今まで寝たふりを続けた理由も、なんとなくわかる。
彼女は立花さんに殺されることを良しとしたのだ。
そして、今俺に向けられた明確な拒絶の目。
その理由がこの封筒の中身であることは想像にかたくない。
しかし俺に…野宮さんの意思を尊重することはできない。
まことのしたことは正直過激すぎて、許してはいけない気もするが彼女の言っていたことの意味は俺もわかっている。
何より…やはりこの二人がいつまでも捻れたままの関係でいることは正しくないと思うから。
立花さんが記憶を捻じ曲げてしまった理由も、野宮さんを殺せなかった理由も…野宮さんが立花さんに殺されてしまうことを拒否しなかった理由も…全てはこの二人の絡み合った運命のせいだ。
立花さんのそばに立ち、その手に握られた包丁を慎重に取り上げる。
そして…
その手に赤黒く汚れた封筒を手渡した。
それを目にした野宮さんは一瞬悲しそうな表情を浮かべてから身体を起こし、立花さんの肩に手をかけた。
「…み……て。」
「…!莉音ちゃん……喋れるの?」
「…。」
野宮さんはニコリと微笑む。
「….…家内君…これ。」
「野宮さんと…立花さんの家で見つけた。3年前野宮さんの父親が野宮さんに手渡したのだよ。」
「………。」
立花さんは渇いた血で汚れた封筒から同封されていた紙を取り出して、目を通していく。
今手渡した封筒の中身は野宮莉音とその両親の遺伝子検査の結果だ。
そしてその結果は…
「……両親と子…それぞれに親子関係は…無し。」
立花さんの呟きを聞いた俺の胸が締め付けられる。
これで本当に正しいのだろうか。
「立花さん……これも。」
本当にこれで良かったのだろうか。
俺から続けて2封の封筒を受け取ってそれぞれの中身を確認した立花さんはガクリと肩を落とした。
今手渡したのは野宮莉音と立花夫妻。
そして立花あきと野宮夫妻をそれぞれ鑑定したものだ。
結果は、立花夫妻と野宮莉音との間に親子関係が認められ……立花あきと野宮 理恵との間に親子関係は認められたものの、野宮 雄二との間に親子関係は無しというものだった。
『立花さんは私の両親を殺した人の娘です。』
『野宮莉音は私の両親を殺した人殺しだよ。』
今思えば、2人のあの言葉がどれだけ捻じ曲がっていたか…それがよくわかる。
野宮雄二が立花夫妻と自らの妻を殺した事件。
野宮雄二の動機は当初から妻の不倫がその原因とされ、今までもそう報道されてきた。
確かにそれも原因のひとつではあるだろう。
しかし、この鑑定が行われてから少なくとも数年間、野宮雄二は妻と…一緒に暮らす他人の子供を愛そうとしたはずだ。
ただ、その強い意志はある一つの出来事で打ち砕かれる。
妻、野宮理恵の妊娠だ。
俺は最後の封筒を立花さんに手渡す。
その封筒は他のものより黒く汚れて、いたるところが折れてしまっている。
他の封筒よりボロボロなこの封筒。
しかし、それに貼られた切手の日付はどれよりも新しいものだった。
22時ごろにもう1話投稿します。




