私とアナタ②
「本当は気づいてるんでしょ?」
少しずつ暗くなってゆく病室で立花さんと俺、二人の視線がまことに向けられる。
「…なに……がですか?」
立花さんの言葉が揺れている。
そしてその瞳に、確かな怒りが感じ取れた。
「あの子が生まれなければよかったのに。」
しかしまことが発したその一言で、立花さんの瞳に宿った怒りは一気に霧散していく。
「どうして…それ…。あれ……?」
立花さんは見るからに動揺して頭を抱える。
どうやら、身に覚えのある言葉のようだ。
そしてそれがかつて誰から聞いた言葉なのか、俺でもいくらか察しがつく。
「君、小さい頃の記憶が少し抜けてるんだっけ?」
「…。」
まことが話を続けるが、それは俺も初耳だった。
「仕方ないね、親が殺されるところなんて見れば誰だって気が狂うはずさ。」
まことは一歩ずつ、立花さんに近づく。
「都合が良すぎじゃないかい?」
まことから目を逸らした立花さんだが、まことは逃がさない。
一気に距離を詰めて立花さんの頭を両手で自分へと向けた。
その一連の行動を…俺はただ黙って見ていることしかできない。
しかしそれは、立花さん達の事情に少しでも踏み込まない方がいいとか…そんな考えからではなく…
ただただ、まことという得体の知れない少女への恐怖心からだった。
立花さんが感じている恐怖は俺の比ではないのか、彼女は空気を求めるように息を吸い、そして滝のような汗を流す。
「ねぇ、なんで両親が殺された時の記憶は忘れなかったの?」
「…そ……そんなの…!わ、私が…私が自分で忘れようとして忘れたわけじゃ……」
「でも、おかしくない?」
「……何が…。」
「そんなの決まってるでしょ。自分の両親が殺されたのは野宮莉音が生まれたことが原因ってことはしっかり覚えてることだよ。」
「……は、はぁ.……?」
立花さんの身体が震えて、パイプ椅子がガタガタと音を立てている。
「お、おい…まこと。」
「はる君、ダメだよ甘やかしたら。ただソレ渡してはいお終いじゃ、私達は何も変わらない。」
まことはそう言って、立花さんの顔から手を離して野宮さんの枕元に刺さった包丁を抜き取り…そして立花さんに握らせた。
「何してるんだよ!」
「いいから、はる君は黙って見ててよ。これは私達の問題だ。」
まことが立花さんの脇を持ち上げるようにして立たせる。
「な、なに…なんなのよ!」
「さぁ、殺してご覧よ。」
「…………え?」
まことの視線に誘導されて、立花さんが見たのはベッドで眠る野宮さんだ。
陽の光は山に翳って、病室の中は影に支配されている。
「君の両親が殺されたのは野宮莉音が生まれたから」
まことが立花さんを捲し立てる。
「君の両親を殺したのは野宮莉音」
「……。」
「君の全てを奪うのは野宮莉音なんだろ?」
「…………。」
「それだけ憎んでるなら殺せるはずさ!」
「……ぅぅぅううう"ぁぁぁぁぁあああ"あ"!」
両手で握った包丁を頭上まで力一杯振りかぶった立花さんは鬼のような叫び声を上げながらその腕を振り下ろし…
そして止まった。
野宮さんの首からほんの数センチ離れた位置で包丁は止まった。
「……立花さん…。」
立花さんは目を見開いたまま、少し離れた位置にいる俺の元まで聞こえる…死にかけた野生の獣のような荒い呼吸で静止している。
「…………なんだ、やっぱり殺せないじゃないか。」
ぽつりと呟いたまことは踵を返してこちらに向かってくると、そのまま病室から出て行こうとする。
「お、おい!まこと!?」
「あんな声出したら周りが嫌でも気づいちゃうでしょ。私が外で適当に誤魔化しとくからもうソレ渡しちゃっていいよ。」
「……。」
そう言って、まことは病室から姿を消した。
「…………。」
「………。」
ただでさえ暗い病室に沈黙が降り、より暗く感じる。
「立花さん…。」
俺は手に持っていた袋から封筒を取り出して、彼女に近づく。
荒かった立花さんの呼吸音も今はほとんど聞こえない。
「………。」
そして……目があった。
ベッドに横たわるもう一人の少女と。




