欠損 後篇
『事件ですか?事故ですか?』
視界は真っ暗。
自分の歯がガチガチと音を立てる音と、体が震えて衣服と擦れる音がクローゼットの中に響いている。
『何がありましたか?』
手の中で私に語りかける声の主に、私は縋るように助けを求めた。
「お、お父さん…とお母さんが……殺されちゃった……」
なぜこんなことになったのか、私にはわからない。
彼女は…莉音ちゃんは何か知っていたのだろうか、いや…そんなことより莉音ちゃんを置いてきてしまった。
今からでも戻った方が…
そんなことが頭の中を駆け巡るけど、私は声を震わせながら電話の向こうの誰かに助けを求めるのに必死で。
そこで私は気を失った。
次私の意識が戻った時、最初に目に入ったのは病院の天井と側に座る莉音ちゃん。
それから数人の大人の人。
私はクローゼットの中で気絶した状態で見つかったらしく、念のため入院、検査を受けた。
結果は…事件のショックが原因で幼少期の記憶の欠損が見られるとのことだった。
記憶が無くなるなら…ついさっきまでの記憶を消して欲しかった。
そんなことを思いながら私は天井を見つめることしかできなかった。
「もう一度…言ってもらえますか?」
「野宮雄二の動機は妻の野宮 理恵と……君のお父さん、立花 和弘さんのの不倫が原因だと見られている。」
「……。」
何度か警察の人が私の元へ来ていたけど、その日は莉音ちゃんと一緒に説明を受けた。
「………野宮さん、本当にいいんだね?」
「…はい。」
莉音ちゃんが目を伏せたまま肯定する。
「野宮莉音さんは野宮理恵と立花和弘の間に生まれた…君の腹違いのお姉さんだ。」
「…………。」
じゃあ…。
「お父さんとお母さんが殺されたのは…」
莉音ちゃんのお父さんがあんなことをしてしまったのは。
「莉音ちゃんが…生まれたせい…ですか?」
「そうよ。」
莉音ちゃんの肯定が私の首を絞める。
莉音ちゃんは悪くないなんてこと頭では分かっているのにそれでも、私の心はぐちゃぐちゃになってゆく。
身体に力が入らない。
寒い。
頭の中で誰の言葉かも思い出せない声がぐるぐると回っている。
「私達、友達だもんね。」
「あき。」 「あきちゃん。」
「弟達と仲良くしてあげてね。」
「お友達になってください!」
「大丈夫か?」
「ごめんなさい。」
「あきの方が…」
「事件ですか?」
「お父さんもお母さんもあんまり好きじゃないの。」
「どうして!!!」
「あき!逃げろ!」
「私のハル君に近づかないで。」
「……………………ぁ?」
カクンと首が揺れて、目が覚めた。
袖で口元を拭いて、周りを見る。
夕陽が差し込む病室は静かで…ベッドの上で姉が寝息を立てている。
…どうやら眠ってしまっていたみたいだ。
「ねぇ、野宮さん。」
椅子の下、足元に置いた鞄に手を入れながら眠る姉に問いかける。
「ずっとずっと聞きたかったの。」
目当ての物を取り出して、椅子から立ち上がる。
「どんな気持ちで私と過ごしてたの?」
ベッドに右膝を乗せて、姉の顔を覗き込む。
「私のお父さんとお母さんは、どうして死ななきゃならなかったの?」
姉は目を開くことなく、緩やかな寝息を立てている。
「どうして…」
手に持った包丁を握りしめて、振りかぶる。
「どうして私から全部盗ろうとするの?」
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回想や時系列が虫食いなのは仕様です。




