扉④
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シャコシャコと音をたてながら歯を磨く。
鏡に写る俺目には大きな隈ができている。
野宮さんが襲われてからはや1週間が経った。
野宮さんはまだ退院できておらず、何度かお見舞いに行こうとしたが家族以外は面会謝絶のため会えていない。
岩木智子の時とは違い、今回は犯人も捕まっていない。
授業自体はあるものの、短縮授業で15時まで。
部活も無しで即帰宅だ。
登下校時には至る所で警官を見るようになったし、テレビか何かの取材を受けている生徒もたまに目にする。
他に変わったことといえば…立花さんがあれから学校に来ていない。
彼女といつも一緒にいた伊東さんは連絡をとりあっているらしいが、俺が送ったメッセージには既読すらつかなかった。
そしてこれが一番重要なことだが、あの養護教諭、藤本が1週間前から行方不明となっている。
これは剣崎会長からの又聞きではあるけど確かな情報だ。
(………。)
あの日、俺は野宮さんと藤本が協力者ではないかと疑ってしまったが、結果は野宮さんが襲われ藤本が行方不明。
誰がどう考えたって藤本が犯人であり、岩木智子の共犯者だ。
(……いや、ダメだな。)
あの日もそうだったように、安易に決めつけるべきじゃない。俺には情報が全くなりていない。
まことの話や週刊誌でちょっと調べたような知識だけで推理なんてできっこないのだから。
顔を洗ってもう一度鏡を見る。
「ひどい顔だな。」
今日は終業式、明日から夏休みだ。
「やぁ、おはよう。」
「……。」
玄関を出た俺を出迎える声がひとつ。
野宮さんは入院中で朝俺を迎えに来ることはできない。
しかし、1週間前から俺を迎えに来るやつが一人だけいた。
まこと。
思緒姉ちゃんによく似た女子で、恐らく誰よりも一連の事件について事情を知っている人物だ。
「もーっ、そろそろおはようの挨拶くらいして欲しいんだけどなあ。」
「…。」
「お姉ちゃんの拗ねちゃうよ。」
「…妹になったり姉になったり忙しいやつだな。」
「そうだね!私はハル君のお姉ちゃんでもあり妹でもあるからね!」
「……。」
そして、今俺が一番会いたくない人物でもある。
「ねえねえ、今日も一緒に帰ろうね?今日はハル君に見せたい場所があるんだよ。」
「…なぁ。」
「なに?」
「なんで俺に付き纏うんだよ。」
「なんでって、それは私がハル君の…」
「お前は俺の姉でも妹でもない。」
「……。」
こんなこと言うつもりなんてない。
八つ当たりだなんてことは分かっている。
「まこと…お前、藤本が岩木の協力者だった知ってたんだろ?」
「なんでそう思うの?」
「それは…。」
確証なんてない。
単に俺がそう思いたいだけだ。
俺が招いた結果を他人のせいにしたいのだ。
まことが真実を知っていて、それを俺に教えてくれさえしていれば…野宮さんは襲われずに済んだんじゃないかと。
「そうだよ。」
まことは笑っていた。
俺の大好きな姉の顔で、その笑顔は醜くも美しい。
「知ってたよ。」
「じゃ、じゃあなんで!」
「教えないよ。」
彼女の肩に掴みかかるが、無表情に変わったまことの目に睨まれると途端に腰が引けてしまう。
「私は教えない。ハル君が自分で知らなきゃダメなんだよ。」
「……。」
「だって…」
まことが俺の頬に手を添えて、親指で瞼の上から目を撫でる。
「そうしなきゃ君は私を見つけてくれないでしょ?」




