疑問④
「お、家内ほんとにいたんだね。」
屋上を後にし、校内放送で呼ばれた通り職員室に向かった俺を待っていたのはクラス担任の新田先生だった。
2年前に新任としてこの高校にやってきたのもあってか、生徒からは新田ちゃんと呼ばれて親しまれている。
「いたんだねって…それで俺はなんで呼ばれたんですか?」
「さぁ?」
「さぁって…え?」
「私もよく分からないのよ。急に家内をここに呼ぶよう校長に言われて…まあいること確認したらもう帰していいって言われてるからもう帰っていいよ。」
「は、はぁ?」
「ほら帰った帰った、これから職員会議なんだよ。あぁめんどくさい…。」
「……分かりました。」
(もう…なんなんだよ…。)
さっき…いや先日からすでに俺の脳内キャパを平気で超えてくるような出来事が立て続けに起きている。
最近では快眠を求めて暑苦しかはあるが、思緒姉ちゃんに抱き枕にされることを恋しく思うほどだ。
下駄箱で靴を履き替え、ひとりでとぼとぼ家路に着く。
あたりはすっかり暗く、部活帰りの生徒がまばらにいるくらいだ。
近くによらなければ顔の判別も難しい。
「やあ、こんばんは。どうやら無事みたいだね。」
「うわっ!?」
突然耳元で声がして思わず驚きの声を上げてしまった。
周りを歩く生徒の視線が刺さる。
「…まこと…なんだよ急に。」
「なんだよ急にとはご挨拶だね、せっかく助けてあげたのに。」
影のような女子生徒、まことは首を振って両手を持ち上げながら、why?とでも言うよなジェスチャーを大袈裟にして見せた。
「…助けた?」
「聞こえなかった?あの放送。」
「おい、まさかあれお前がやったとか言わないよな?」
「せいかーい。よしよし、ハル君は偉いね。」
人目も気にせず、まことは俺の頭を撫でる。
その撫で方は優しく…思緒姉ちゃんに似ていた。
「やめろよ恥ずかしい…。」
「恥ずかしくないよ?今私はハル君のお姉ちゃんなんだから。」
「い、いやそれとこれとは…」
こいつ、都合よく思緒姉ちゃんのフリをしている。
というかこいつ…さっきサラリととんでもないことを言っていなかったか?
「家内?」
…………なんだかデジャヴを感じつつ、後ろを振り返ると暗闇の中でも眩い光を纏ったような聖女がそこに立っていた。
「…玉波先輩!」
「えっと…そちらは?」
玉波先輩の目線が俺の隣に立つ影へと移る。
「どうもこんばんは、私は家内の妹…家内まことです。」
「なっ…おま…」
「へへーんだ。」
勢いよくまことは俺の腕へと抱きついた。
「へ、へぇ…妹さん…。」
「い、いや玉波先輩!こいつは…!」
その時、ふと不思議に思った。
何か違和感がある。
(……あぁ、なるほど。)
違和感の正体はすぐにわかった。
「そ、そういえば玉波先輩今日はお一人なんですね。」
そう、玉波先輩に取り巻きがいない。
少なくとも登校時にあれだけの取り巻きが先輩の後ろにいたのだから、下校の時にもいたって不思議ではない。
「流石家内ね!よく気がついたわ!」
ぱぁと表情を明るくした玉波先輩が胸を張った。
相変わらず笑顔は下手だ。
「私気づいたの、下校する生徒…その最後に学校を出れば煩わしい列もできないの!」
ふふんと玉波先輩は鼻息を鳴らす。
小動物じみたこの先輩は、ドヤ顔ですら人に癒しを与えるのだから正しく聖女と呼ばれるべき存在だ。
…というか、やはり行列は鬱陶しく思ってたんだなあ。
「あはは、面白い人だねお兄ちゃん。」
「おい、あんまりくっつくなよ。」
「……ちょっと。」
玉波先輩が怪訝な面持ちでこちらを見ていた。
「いくら兄妹といっても近すぎるんじゃない?」
「えぇ〜?もしかして先輩ヤキモチですか?」
「なっ!?ちちち…違うわよ!」
「またまた照れちゃって、それじゃあ…はい!」
「うおっ!?」
「へっ!?」
急に視界が揺れたと思ったら、まことが抱きついていた俺の腕を離して玉波先輩の方へと突き飛ばされた。
なんとか踏みとどまって、先輩が倒れないように腰に手を回して支える。
「ちょっ!?い、家内!?」
「すみません先輩…おい!急に危ないだろ!」
「ごめんごめん、でもうん。こうして見るとなかなか…。」
まことがひとりで何かに納得したように頷いている。
思緒姉ちゃんの顔で表情豊かに喋るのは正直心臓に悪いのでやめてほしい。
「私はおふたり…とてもお似合いだと思いますよ!」
「…お、お前急に何いって!」
しかもここは下校中の生徒もいるんだぞ…と思って周囲を見渡すが、いつのまにか俺たちだけが取ら残されたように人気がなかった。
下駄箱から校門まで、誰一人として姿がない。
(そういえば、玉波先輩が最後がどうとか言ってたな…。)
玉波先輩がゴニョゴニョと独り言を言っているのが聞こえたが、その内容まではわからない。
「それじゃあ私先に帰るから、お兄ちゃんは聖女様をちゃんと家まで送り届けること!じゃあね!」
「お、おい!……いっちまった。」
その黒く長い髪のせいか、まことの姿はすぐに闇夜に溶け込み直線上を走って遠ざかっている筈なのにすぐ見えなくなってしまった。
「……家内。手…。」
「あっ!す、すみません…。」
先輩に言われて、自分がまだ腰に手を回していたことに気づいた。
「それと…」
先輩は少し視線を泳がせてモジモジしていたが、覚悟を決めたように俺に視線を合わせると言葉を続けた。
「家まで…送ってくれる?」




