女郎③
我が家の風呂は多分普通くらいの大きさだ。
大人一人がゆったり浸かるには十分な大きさ、小学生くらいの子供なら3人入ってはしゃいでも問題はない。
それなら、高校生二人ならどうか。
否、高身長で色々大きな21歳の女性と男子高校生が一緒に入ればどうか。
答えは単純、狭い。
とにかく圧迫感がすごい。
思緒姉ちゃんが湯船浸かり、俺は姉の足に挟まれる形で一緒に入っている。
もちろん思緒姉ちゃんに背を向けて。
なぜこんな状況になってしまったかと言えば、脱衣所に俺を引き摺り込んだ思緒姉ちゃんがそのままノンストップで俺の衣服を剥いだ挙句「久しぶりにお姉ちゃんと一緒にお風呂に入りましょうね。」などと言って止まらなかったからだ。
その間俺は力一杯抵抗したが、ついには姉に純粋な力で押さえ込まれてしまった。
髪と身体…流石に前は自分で洗ったが、一通り思緒姉ちゃんにお世話された俺は、疲れた眠気も手助けしたのか途中からもういいやと抵抗することをやめていた。
その後俺が先に湯船に浸かっていたところ、自分の体を洗い終わった思緒姉ちゃんが俺の後ろに滑り込む形で入ってきたのだ。
できる限り身体を離そうとするが、思緒姉ちゃんの手が前に回されて引き寄せられる。
背中に当たるものの感触に脳がやられそうになるのを必死に耐えるのはかなり辛い。
「ちゃんと100秒数えなくちゃダメよ。」
「…子供じゃないんだから。」
「私にとってハル君はまだまだ小さな子供よ。」
「……。」
なんだか複雑な気分だ。
昔から思緒姉ちゃんは多少過保護な面はあるが、流石に高校2年にもなってこの扱いは自身が情けなく感じる。
今まで思緒姉ちゃんに守られっぱなしだったから強く否定ができないのがさらに悔しい。
「教えてハル君、放課後…真実を待たずにどこに行っていたの?」
「それは…。」
どう答えたものか…。
真実は言った。
思緒姉ちゃんから俺が気を失ったと連絡を受けて部活終わりに俺を迎えに来たと。
まことは言った。
思緒姉ちゃんからお願いされて、代わりに俺を迎えにきたと。
電源が切れていたからまだ確かめていないが、十中八九嘘をついたのはまことの方だ。
しかし、だからこそ思緒姉ちゃんにどう説明すればいいのか。
正直に思緒姉ちゃんそっくりな女子生徒が思緒姉ちゃんのフリをして迎えにきたと言って、果たして信じてもらえるのか?
いや、そもそもまことの発言のうちどれだけが嘘なのか…下手をすればまことという名前すら嘘である可能性もある。
「ハル君?」
「あっ!いやごめん…それが…」
言うべきか、黙っておくべきか…。
「………それが自分でもよく覚えてなくて…放課後からずっとぼーっとしてるのが原因かな…。」
苦しい嘘だった。
もしかしたら思緒姉ちゃんに嘘をついたのがコレが初めてかもしれない。
「そう…。可哀想に、やっぱり家の外は危険だわ。」
思緒姉ちゃんも俺の嘘に気づいているだろうけれど、特に聞き返すこともなく後ろから抱きしめてくれた。
「それなら今日は早めに寝ましょう。」
…この言い方からして、やはり今日も抱き枕は避けられないか。
まあ、そのほうがなぜか寝付きもいいし暑ささえ我慢すれば疲れを癒すにはもってこいかもしれない。
結局夕食は食べず、俺は寝床についた。
ベッドの縁に座った思緒姉ちゃんが優しい手つきで俺の額を撫でている。
電気の消えた暗い部屋、俺を見つめる双眸はさらに暗い。
こうしてみると、思緒姉ちゃんの瞳の方がまことのものよりも黒が深いことがわかる。
「さぁ、ハル君目を瞑って。」
思緒姉ちゃんの声が頭の中で反響する。
「ゆっくり呼吸して。」
その鈴のような声に、俺の意識は闇の中へと引き摺られる。
「体の力を抜いて。」
このまま意識を手放せば、きっと俺は泥のように眠ることができると…確信できた。
「いけない子、お姉ちゃんに嘘をつくなんて。」
寂しげな、そんな声を最後に俺は眠りについた。
次回から4章「鏡」です。
投稿は明日20時ごろです。




