影④
「あら?先生はいないのかしら。」
思緒姉ちゃんと同じ顔の女が保健室の中を見渡しながら入ってきた。
(だ…誰だ?)
俺は毎日のように思緒姉ちゃんと顔を合わせているが、そんな俺でも一瞬本物だと騙されかける程度にはそっくりだ。
思緒姉ちゃんと比べると少し幼く感じる顔。
明確な違いは身長と体型、そして声だ。
狭い保健室、俺は黙って女の行動を観察していたが、すぐに俺に気づいた女が駆け寄ってきた。
「ハル君、貧血で倒れたって聞いて驚いたわ。もう大丈夫なの?」
あくまでも思緒姉ちゃんを演じるらしい。
「…だ、誰ですか?」
「……。」
ベッド横に立つ女は俺に視線を合わせたまま、うっすらと笑った。
(…近くで見ると益々そっくりだ…まるで…)
まるで双子の姉妹のような…。
「…初めまして、安心して。私は君のお姉ちゃんに頼まれて君を迎えに来たんだよ。」
「思緒姉ちゃんに…?」
なんだ…この声…どこかで聞いたことがある気がするけど…思い出せない。
「そうだよ、ほら。この制服だってお姉ちゃんの匂いがするでしょ?」
「うぷ!?」
抱きつかれた。
…確かに毎夜毎朝嗅がされる匂いで間違いない。
「香水だってボディーソープだって、全部君のお姉ちゃんと一緒だよ。」
両手で頬を包まれ、その全てを飲み込んでしまいそうな瞳でじっと見つめられる。
心臓の鼓動が早まる。
「さぁ、一緒に帰ろ?今は私がハル君のお姉ちゃんだから一緒に帰るべきだよね?」
「…い、いや…でも…。」
俺を見つめる闇から目を離すことができない。
「私達は家族なんだよ?なにも問題は無いよ。」
「家族…」
女の言っていることが滅茶苦茶なのは分かっているが、なぜか断ることができなかった俺は自分でも不思議なほど抵抗なく帰宅する準備を整え、女の後に続いて校門を出た。
(………ん?……あれ?)
学校を後にしてしばらく女と歩いていると、冷静さを取り戻したのか今の状況が急に恐ろしく感じてきた。
何も考えずに女の後を歩いていたが、どう考えても俺の家の方角ではない。
(そもそもこの女は誰だよ…。)
自分でも訳がわからなかった。
なぜ俺はなんの疑問もなくこの女について来たのか、女の目的はなんなのか。
色々考えるがうまく頭が働かない。
気を失ったことといいさっきまでのボーッとした感じといい、調子が悪いことは確実だ。
俺の前を歩く黒髪の少女を見る。
長い髪は毛先が地面につかないギリギリを保っており、歩調に合わせてゆらゆら揺れている。
こうしてみると身長は俺と同じくらいで思緒姉ちゃんとは似ても似つかない。
ドッペルゲンガー…なんて、そんなわけないよな。
本当にドッペルゲンガーなら身長からなにまで全て一緒だろうし…そもそもそんなのいるわけない。
しかし他人の空似でこうまで似るとは思えない。
否、あの完璧な姉と似ている奴がいるなんて信じられなかった。
背格好こそ違えど、顔はほぼ思緒姉ちゃんなのだ。
それはつまり、この女が俺が見てきた中で1.2を争う美女ということである。
「どうしたの?」
気づけば女が振り返っていた。
女は俺に手を差し伸べる。
その顔は保健室の時と同じ、うっすらと笑みを浮かべていた。
黄昏時、薄暗い路地に佇むその姿はまるで…
影がそこに立っているかのように朧げだった。
22時頃にもう1話投稿します。




