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ヒミツ(修正版)  作者: 爪楊枝
1部 3章 蜘蛛の巣
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影②


「……。」


俺はまた、夢を見ているようだ。

自分の体は小さいし、自由に動かせない。


何より足元以外の風景に白い靄が浮かんでいるのがその証拠。

またこの夢。


(そもそもなぜ俺はこの夢を自分の記憶だと思ったのか…)


確かに俺は小学生の頃、一時期高次女のような場所に預けられていた。

これに間違いはないはずだ。


…それならやはりあのふたりとはそこで…


陽満はるま君』


少女の声、これも前と同じ。

しかし少女の姿はどこにもない。


『ハ……る…君』


少女の声にノイズが走ると同時に、周囲に浮いていた白い靄が墨汁と混ざり合うように変化していき、やがて黒一色となる。


そして、人の気配。


俺の後ろに誰かが立っている。


意識が朦朧とする中、不明瞭な声で誰かが囁いた。


『ハル君』


声を聞いた瞬間、俺は意識は覚醒した。






目の前…というより頭上には蛍光灯と見知らぬ天井。

俺は周囲をカーテンに囲まれたベッドの上にいるようだ。


(病院…?あれ、俺確か玉波たまなみ先輩と…)


意識を失う前の記憶が、早送りのようにフラッシュバックする。


「玉波先輩!」


起き上がった俺は右手に違和感を感じ、そちらに視線を向ける。


「玉波先輩…?」


玉波先輩が俺の手を握ったまま寝ていた。

授業中、机で寝るような体勢で。

泣いていたのか目元を腫らしている以外に特に変わったことはなさそうでひとまず安心だ。


玉波先輩の白くてふわふわした髪を撫でる。


「起きたかい?」

「うわ!?」


タイミングを見計らったかのように、ひとりの男がカーテンを開いて入ってきた。

男が立つ向こう側、室内の様子を見るにここは学校の保健室だろう。


男は白髪混じりの短髪で白衣を着ている。

言い方は悪いが、老け方から考えると60代ぐらいだろうか。


「やるねえ君。」

「…え?」

「その子、噂の聖女様だろ?彼女かい?」

「ちっ…!ちが…!」

「なんだ違うの?つまんねえな。」


枯れたような声とは裏腹に口調は軽い。


男はわざとらしい反応をしながら、自らのこめかみを人差し指で数回突く。


「君、童貞だろ?」

「な、なんなんですかさっきから!」

「図星だ。」


ベッド横に置かれた丸椅子に座って、男は続ける。


「人生…特に高校生活なんてあっという間だ。やれる時にやっとけよ。」

「……。」

「もしかしたら明日…いやほんの数秒後に突然死ぬ事だってあり得るんだ。どうだ?そう思ったらちょっとはいい思い出残したいと思わないか?」

「……あんた本当に教師か?」


俺の質問が意外だったのか、男のキョトンとした表情を浮かべる。


「あぁ、そりゃまあ非常勤の養護教諭なんて覚えてる生徒の方が稀だわな。」


男はスッと右手を俺に差し出して握手を求めた。


「俺は藤本ふじもと、名前は…まあ別に興味ねえだろ。」

「…俺は「家内いえうち陽満はるま、2年1組、誕生日は4月1日…」

「は?な、なんで俺のこと…」

「これだよこれ。」


そう言って藤本養護教諭は白衣の胸ポケットから俺の生徒手帳を取り出してヒラヒラ見せびらかしてきた。


「いつの間に!」

「そりゃ寝てる間に。家へ連絡とかしないといけないしこっちだって生徒の名前くらい知っておかなきゃ担任にも連絡できんだろ。」

「…確かに。」

「ほれ、返してやる。」


藤本養護教諭が雑に投げてきた。


(ん?家へ連絡?)


「な、なぁ…いや、すみません。」

「敬語なんていいよ、俺堅苦しいの嫌いなんだ。」

「…それじゃあ…俺の家に電話かけて…誰が出ました?」

「さぁな、連絡したのは君の担任だ。俺は知らん。」

「そうか…。」


父さんはこの時間まだ帰ってきてないだろう。

可能性として一番高いのは母さんだが…週に3回ほど母さんは町内会の奥様方とお出かけに行く。

そして今日、運の悪いことにその予定と被っていたはずだ。


……しかしもう放課後、流石に帰ってきているとは思う…いや、思いたい。


「そんなことより、家内って呼んでいいか?」

「え?…まあいいけど…。」

「それじゃあ遠慮なく。」


(なんなんだこの人…本当に学校関係者か怪しいレベルでノリが軽いぞ…)


「いいか?家内、こりゃあ人生の先輩からの忠告だ。そうだな、夏休み中に童貞くらい捨てとけ。」

「……。」


(まだその話続いてたんだ…)


「俺に構ってないで…他に仕事とかないんですか?」

「おいおいなんで敬語に戻ったんだよ。男同士仲良くしようぜ。ほら、ちょうど可愛い聖女様がいるんだしさ。あの様子から考えるに余裕だぜ?」

「た…玉波先輩とはそういうんじゃないって!」


この人と話していると調子が狂う、というかマジでこの人暇なのか?

俺にこんなに話しかけてくる理由がわからない。


「意気地がねえなあ…そんなんだから野宮ののみや莉音りおんとも立花たちばなあきとも上手くいかねえんだ。」

「…………は?」


急に、背中に冷たい汗が流れたような感覚を覚えた。


「誰でもいいんだ、いい思い出残しとけよ。」


藤本は椅子から立ち上がる。


「なんで…なんでその二人の名前を…?」

「なんでって、これでもこの高校の職員だぜ?知らない方がおかしいだろ。」


嘘だ。

こいつは嘘をついている。


「そう……ですか。」


少なくとも俺の名前と顔は一致してなかった。だから生徒手帳をわざわざ抜き取っていた。

俺との会話の中で二人の名前が自然に出てきたのにはもっと別の理由があるはずだ。


少なくともこいつは…


「……藤本…先生。」

「なんだ?」


藤本は耳を小指でほじりながらこちらに振り向く。



「あのふたりの…両親のことって知ってますか?」



野宮さんと立花さんについて何か知っている。


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