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ヒミツ(修正版)  作者: 爪楊枝
1部 2章 白薔薇
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白❶


「ぐすっ…うっ……ぅぅ…」


中学校の卒業式当日、私はトイレで泣いていた。


卒業したくない。

それはこの学校に思い入れがあるわけでも、同級生と別れるのが辛いわけでもない。


この頃の私は人の視線に酷く怯えていた。

そして大人になることを怖がった。


一日、また一日と迫るその日。

高校を卒業した以降の自分の人生がどれほど悲惨なものになるか…考えただけでも心が押し潰されそうになる。


父と母の中にはもはや、娘としての私はいない。


私の心は空っぽなのに…誰も気づいてくれない。


今日だって、私がいなくても卒業式は着々と進められ…今も教室では担任の薄っぺらい挨拶が続いていることだろう。


誰も私に興味なんてない。



「泣いてるのか?」



その声は突然、トイレの小窓から聞こえた。

小窓と言っても中学生の身長では届かないような場所にあるため、正確には壁の向こうに声の主はいる。


「……なに、してるの?」

「あっ…の、覗きとかじゃないぞ!」


男の子の声。


「ちょ…チョコが下駄箱に入っててさ。それでここに来いって手紙も一緒にあって…。」

「ホワイトデーなのに…?」

「バレンだろうがホワイトだろうがくれたんだから関係ないだろ?」

「……そうだね。」


関係ない…そう、関係ない。

なぜ私は会話なんてしてしまったんだろう。

壁の向こうだから、視線も無いし安心したのか…。


「…もしかして、卒業生……ですか?」


壁の向こうで男子生徒が尋ねる。


「急に敬語なんて使わなくても良いよ。」

「いやでも…。…でもなんでこんなところで泣いて…あ、友達との別れが辛いとか?」

「友達なんて…いないよ。」

「うっ……。」


「気にしないで、私暗いし。見た目も変だから友達がでたことなんてないし…慣れっこなのよ。」


自分自身の言葉に、胸が締め付けられる。


「誰も…誰も私を見つけてくれない。」


自分を制御できなかった。

最後に…最後に誰でもいいから私の声を聞いて欲しかった。


「お父さんもお母さんも…クラスのみんなも先生だって…!みんな本当の私を見てくれない…。見た目ばっかり見て勝手に判断して…。」


男子生徒は黙って聞いてくれている…。


「私だって…友達と遊びたいのにっ…私だって、お父さんやお母さんともっともっとお話ししたかったのに!」


涙が止めどなく溢れる。

息が苦しい。

涙と一緒にお腹がヒクつき、上手く呼吸ができない。


溺れそうだった。


「家に帰りたくない!……あそこはもう私のおうちじゃないの!………知らない……人が…人が怖くて…。」


言葉が…うまく伝えられない。


「私は…私も………もっと…普通に…。」

「俺が見つけます。」

「………ぇ……」


私は思わず小窓を見上げる。


「あ、いや…見つけるっていうかそのぉ…。お、俺来年卒業なんで高校で一緒に遊んだりししましょう。一緒にお昼ご飯食べて、一緒に勉強して…たまに一緒に悪さなんかしたらきっと最高ですよ!」


空っぽだった私の中に、その言葉は簡単に侵入してきた。


「違う学校に行っちゃうかもしれないのに?私を見つけられないかもしれないのに?適当なこと言わないでよ。」


私は必死になって、私の中に入ってきた彼を攻撃する。

もう、誰かにも期待なんてしたくなかった…。


「高校ってどこに行くんですか?」

「……県立の…第一高校。」

「あぁ!それなら大丈夫ですよ。俺の姉もそこに通ってるんで…今は不登校ですけど…まあとにかく俺もそこに入ると思うんできっと大丈夫です。」

「…大丈夫って…なに。」

「だから、俺と一緒に…」

「私は多分…めんどくさいよ。」


これは最後…最後の抵抗だ。

自分のためじゃない、彼のために。


「きっと君に頼ってばかりで、休み時間も昼休みも…君の教室に行くよ。君が他に友達なんて作れないくらい…。君が他の子と仲良くしてたら嫉妬しちゃうかもしれない。」

「え…ま、まぁ俺も今は友達いないから別に…大丈夫だと思います…、多分。」

「私の家、家庭環境最悪だから…君に愚痴を溢すかも…不満をぶつけるかもしれない。」

「俺の不満も聞いてもらいます。これでおあいこですね。」

「私は我が儘だから…きっと君を困らせるよ。」

「我が儘な姉と妹がいるんで慣れっこです。」


がらんどうだった私の心に、彼は入ってきた。

金銭の要求も、絵も、身体も…何も求めていない。

ただ勝手に入ってきて、わたしの心に居座る。


そこにいるなら、もう…………離さない。

離したくない。


「もし君が私を見つけられたら、私の処女をあげるよ。」

「え……えぇ!?急に何言ってるんですか!?」

「高校で私…頑張るよ。君に見つけて欲しいから。私が君にあげられるものならなんだってあげる。」

「……。」

「だから君も……。」


「あ、雪だ。」

「雪?」

「雪、降ってきました。」


小さな小窓は少しだけ開いているが、ガラス部分はすりガラスだから外の様子は分からない。


冬も…雪も嫌いだ。

自分の部屋…あの寒い部屋を思い出すから。


思えば、この小窓とトイレの個室という状況は私の部屋とよく似ている。

届かないステンドグラスに小さな部屋。


…私を閉じ込める檻。


「流石にこの辺は積らないけど、高校では一緒にスキーとか行きましょうね。」

「…雪、好きなの?」

「好きですよ。ひとつひとつは小さいのに、積もったら一面真っ白に風景を変えるとか凄いじゃないですか。雪だるまも作れるし。」

「じゃ、じゃあ…白色は好き?」

「え?」


自分の質問に脈絡がないのは分かっていた。

でも、私はその言葉を聞きたかった。


「好きですよ。色なら白色が一番好きかもです。」


白色が好き、ただ私がそう言わせただけなのに…その一言が私を溶かす。

脳が、心臓が、お腹の奥がどうにかなりそうなほどに私を蝕む彼の声。

父が私の絵を褒め求めてくれた時とも、彼らが私を見る目とも違う。


私が……





「いや。……私…ずっとこのままは嫌!だから待ってて…。」





「私が君を迎えに行くよ。」





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