微睡み❺
それは、偶然だったのかもしれない。
精神的に不安定だったから、冷静な判断ができていなかったから。
信じ込みやすい人間がたまたま混ざり込んでいただけだから。
「因縁業障お詫びします。」
それは、水面に広がる波紋のように広がっていった。
「「「因縁業障お詫びします。」」」
一組の夫婦から始まった父の分配。
2年も経つ頃には規模も小さくなったけど、しかしより濃度を増したものになっていた。
宗教というものがなにかを信仰することを指す言葉なら、あれは間違いなく宗教と言えた。
教祖も、経典もない。
彼らが信仰するものはお金だ。
彼らを救ったのは父の配ったお金なんだから。
そして……私は彼らに金を齎す、都合の良い神だった。
「因縁業障お詫びします。」
ひとり、またひとりと変わるがわる私の前に跪く大人達。
男も女も関係ない、彼らは私の右足を手に取って頬ずりをする。
(気持ち悪い。)
舌で指の隙間を舐める者もいる。
(気持ち悪い。)
彼らの、彼女らの視線が私の身体を舐めるように這う。
(気持ち……悪い。)
ある日の夜、寝付けなかった私は水でも飲もうと思って1階に降りると、父と母の会話が耳に入った。
「あなた、このままじゃダメよ…家賃も…何もかも!お金が全然足りない!」
「君の浪費癖が原因だろう…。働かなくたって金は沸くんだ。少しぐらい我慢なさい、それに外の男に貢ぐ暇があるなら家事くらいまともにやってくれよ。」
「なによ!あんたじゃ私は満足できないのよ!」
「君が最初に私を裏切ったんだろ!私だって別れることができるならすぐにでも別れたいさ!しかしそれは世間からの目が…」
「はっ、姫のこともそうだけど、あなたはいつも自分の世間体のことばかりね。やっぱり最低だわ。」
最近はいつもこうだ。
二人きりになったら何かと言い合いをしている。
そしてやはり、ふたりにはお金が足りない。
私が…私がもっと頑張らないと…。
「姫はまだ処女か?」
父の言葉の意味を最初は理解することができなかった。
「は?…何よ急に…処女でしょ。誰があんなコミュニケーションもろくに取れない娘抱くのよ。学校の通知表にも友人関係が上手くいってないって書かれてたわよ。」
「そうかそれなら…」
(………。)
「姫の身体を売ろう…。」
「本気?まだ中学生よ?」
「高校を卒業したら…伊東君にでも…いや、この際全員でも良い。彼らの弱みも握れて一石二鳥だ。」
「あんな奴らにやったって端金にもならないわよ。それより私の知り合いにそういうのに詳しい人いるんだけど…」
(…………気持ち…悪い……)
跪く男たちの私を見る目が変わった。
父に何か聞かされたのか、それとも母か。
私にはもう何を信じて、何に縋れば良いのかもわからなかった。
あの日までは。
2月14日、中学校の卒業式の日。
私は…彼と出会った。
22時ごろにもう1話投稿します。




