雨と涙③
野宮さんは寂れた公園、その中央にあるドーム型の遊具の中にいた。
あの十字路を左に曲がった突き当たりにあるこの公園に逃げ込むなんて場合によっては自殺行為にも思えるが、スカートが汚れることも気にせず地面に座り、頭を抱えて震える姿を見ればそんなことを考える余裕もなかったことが伺える。
「えっと…野宮さんだよね?」
「ひぐぅっ!?」
ビクリと体を震わせて、野宮さんは顔を上げた。
ぐしゃぐしゃの顔を濡らしているものが雨か涙かは判別できない。
「……」
「…えっと…」
野宮さんは跳ねるように動き出すと、膝をつくような姿勢で俺に正面から抱きついてきた。
もし誰かに見られれば勘違いされそうな位置だ。
しかしそんなことを考えている場合ではない。
縋るように俺の制服を掴む手の力は強く、あの女への恐怖がどれほど強いものかが一際強く伝わってきた。
「とりあえず移動しよう、ここじゃ隠れるにしても心許ないし…」
野宮さんを立たせようとしてようやく気づいたが、彼女は左肩を負傷していた。なにか刃物のようなもので切りつけられたのか、制服が裂けて赤く染まっている。
「怪我してるじゃないか…救急車呼んだ方がいいよね…それから警察にも連絡を…」
「嫌…」
「え…」
「…病院は嫌です…」
……困った。
俺じゃあ応急処置もできないし、雨に濡れている状況も不味い。かと言って病院へ行くことを拒否すると言うことはなにか事情がありそうだし…
(やっぱり首突っ込むべきじゃなかったか?)
『世の中には碌な女がいないから、もし困っている女の子がいても関わってはダメよ』
口酸っぱく言われてきた姉の言葉を思い出す。
いや、そもそも姉は偏見がすぎるのだ。あの完璧超人からすれば俺を含めて世の中の大半の人間が碌でなし判定を受けていても不思議じゃない。
クラスと男子たちの会話から推測すれば、野宮さんは優等生で誰にでも優しいと評判が良い。
なによりここまで関わってしまった以上、助ける以外の選択肢は無かった。
ここで放って帰って、もし明日の朝この女子生徒の死か事故を知らされたなら罪悪感がやばい。
それこそ姉からすれば俺は碌でもない奴になってしまうかも知れない。
「よし、俺の家に行こう」
「へ?」
俺の服へ顔を埋めていた野宮さんが素っ頓狂な声をあげて反応する。
「警察には学校が連絡してるかも知れないし、まずは肩の傷の治療しないとだろ?」
「…」
野宮さんは黙って俺の話を聞いている。
「家なら救急セットくらいあるし、いつまでもここにいるわけにもいかないしな」
「で、でも…」
「良いから立って!もしあいつとまた遭遇したら次はどうなるか分からないぞ」
「うん…」
野宮さんを引き上げるように立ち上がらせる。
「鞄は?」
「落としてきました…校門で話しかけられて急に切られたので…」
そう言って野宮さんは肩の傷に手をやる。
「いっ…」
「触っちゃダメだ。とにかく移動しよう、話通りならやっぱり警察には連絡いってるだろうし」
ドーム型の遊具の穴から外を見渡し、人影がないことを確認してから2人で外に出る。
俺の持っていた黒い傘にふたりで入り、あまり周りから顔が見えないように目深にさした。
相合傘の形ではあるが、緊急時のためそんなことかにする余裕も俺にはなかった。