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ヒミツ(修正版)  作者: 爪楊枝
√姫:epilogue
239/240

永遠❷


目の前には扉がある。


頭上の丸いステンドグラスから、僅かな月明かりが入って暗い部屋の中を照らしている。


夢。


これは夢だ。


自分の身体が小学生ほどの大きさしかないのがそれを物語っている。


私を閉じ込めていた、狭い狭い鳥籠。


冷たい床、カビ臭い壁。


そして家の中に風が入り込むとギィギィと音を立てる扉。


扉から音が鳴るのは、彼らがくる合図。


階段が軋み、廊下を通って近づいてきた複数の足音が扉の前で止まった。


耳障りな音を立て、扉を開けて入ってきたのはお父さんの皮を被った何か。


歩き方はぎこちなく、関節がおかしな方向へ曲がっている。


その後ろからゾロゾロと入ってきたのは黒くて…ドロドロした…何か。


人のような形にも見えるし、全然違うものに見える。


不定形に形を変え続けているそれらは私を取り囲むように部屋の中に広がった。


お父さんのような何かが話し出すと、他の黒い人達も口々に何かを言い始める。


何を言っているのかは聞き取れない。


意味のある言葉のようにも聞こえるし、全く意味を持たない音にも聞こえる。


ただ一つ分かることは、ここにいる人達の目は私のことを見ていないということだけ。


こんなにたくさん目があるのに、お父さんも含めてひとつも私のことを見てくれない。


私の髪を見ている。


私の目を見ている。


私の肌を見ている。


私の手を見ている。


私の足を見ている。


私の体を見ている。


私の…私の描いた絵を見ている。


最初は…褒められたくて描いたんだっけ。


もう、忘れてしまった。


……この部屋は寒い。










「………。」


凍えそうな寒さで目が覚める。


また布団を蹴飛ばしてしまったようで、ベッドの上には掛け布団が見当たらない。


寝ぼけ眼を擦りながら、空いたほうの手で床を探ると掛け布団の感触が指先に触れた。


「あったあっ……たぁ?」


持ち上げようとするが、重すぎてこちらが床に引き込まれそうになる。


咄嗟に手を前に出したことで落ちずにすんだ。


しかし驚きで眠気が飛んだことにより、状況がある程度すんなりと飲み込めてきた。


布団が持ち上がらなかったのは、家内いえうちさんがロールケーキのように巻きつけて寝ているからだ。


「…でもなんで床なんかで…。」


(………あぁ、私が蹴飛ばしたのね)


時計を見るとまだ夜中の3時。


家内さんが起きるまでもう少し時間がある。


(でも……まずいわ、完全に目が覚めた)


二度寝した方がいいのだろうけれど、眠くないものはしょうがない。


最近は真面目に授業を受けていたから忘れていたけれど、私は結構昼夜逆転するタイプだった。


(……)


足音を立てないようにベッドから降りて、ゆっくりゆっくり部屋を出る。


扉を開けて閉める時にガチャリと鳴るだけで胸が跳ねて緊張感に潰されそうになった。


「ふぅ…ひとまずクリアね。」


息を整えて、抜き足差し足で廊下を進み一番奥の部屋……陽満はるまの部屋の扉を開ける。


ゆっくり開けようとすればするほどギィと音が鳴るのはなぜなのか…バレるんじゃないかという緊張で思ったように進まず、足がもつれそうになるのをグッと堪えながら部屋の中に侵入した。


「………。」


(寝てる寝てる。一回寝たらなかなか起きないって本当なのね)


慎重に椅子を移動させて、ベッドの脇に置いて座る。


「………。」


(ヨダレなんか垂らしちゃって、全くもう)


自分のパジャマの袖で陽満の口元を拭こうとして、直前で動きを止めた。


(って、なに普通に拭こうとしてるのよ!流石に起きちゃうわ!………でも…)


家内さんの話によると、夜寝てる間は何をしたって本当に起きる気配がない…らしい。


(…………)


部室の時とは違う…刺激を与えれば起こしてしまう可能性はある…。


(………ちょ、ちょっと添い寝するくらいなら大丈夫でしょ…)


寒いし。


何か羽織る物でも持ってくれば良かったと後悔していたけれど、それだと添い寝しようという発想に至らなかったかもしれないから少し前の自分を褒めておく。


扉を開ける時以上にゆっくり…時間をかけて陽満のベッドにまず左膝を乗せ、さらに時間をかけて全身をベッドの上に乗せた。


今私は掛け布団の端っこの上に寝転んでいる状態だ。


まっすぐ天井を見ているけれど、身体中の全神経が布団を挟んでいるとはいえほぼ陽満と触れていると言っても過言ではない右肩に集中している。


(い、今更こんなことで緊張なんて…)


もっと恥ずかしいことなんていくらでもしたじゃないかと自分に言い聞かせるけど、むしろ緊張に拍車がかかる。


心臓の鼓動が聞こえる。


耳が熱い。


呼吸音すら立てるのが怖い。


(あぁもう!こんなことするんじゃなか「ううん…」っっーーーーー〜〜!!!!?


心臓が口から飛び出た。


もちろん本当に出たわけではないけれど、それほどに驚いた。


私の背中あたりの掛け布団が引っ張られるような感覚を感じる。


恐る恐る陽満のほうを見ると、上体を起こして目を擦っている姿が見えた。


(ば……バレる…)


気づかれる前に横に転がり、ベッドの下へ隠れようかなどと考えていると私の下にあった掛け布団が引っ張られて完全に抜き取られた。


「…思緒しお姉ちゃん…また来たのか?」

「え…陽満?」


見上げていた天井が、覆い被された掛け布団によって見えなくなる。


(え?……えぇ!?ば、バレてない?…寝ぼけてるの?)


どうやら家内さんと勘違いしているらしい。


少し癪だけれど…


(…………あ、暑い…)


陽満の体温で布団の中が暖められていたからか、それとも緊張のせいなのか。


いや、緊張のせいだ…耳がものすごい勢いで熱くなってきた。


「……………は……陽満?」


気づけば口から溢れていた。


ただ、名前を呼んでみただけ…


たったそれだけの行為なのに、バレてしまうんじゃないかという緊張と、なにかイケナイことをしているんじゃないかという背徳感が混ざり合って身体の芯からぶるりと震える。


(バレてない……寝てる…)


陽満は寝ぼけていて、私のことを家内さんだと勘違いしていた。


(それなら…)


衝動を抑えきれずに私は体を捩り、陽満の方へ向ける。


熱い。


手で直接陽満の頭と体を動かして、寝転びを打たせる。


その隙に右腕を使って腕枕の容量で陽満の頭とマットの間に差し込んで、頭を乗せる。


部室では私が陽満の胸へ潜り込むように寝ていたが今はその逆だ。


陽満のおでこが見える。


(うんうん、私の方が年上なんだからこっちのが正しいのよ)


新鮮な感覚を覚えながら、空いた左腕を使って陽満の頭を抱き抱えるように位置を整え猫のように体を丸める。


陽満の体に足を絡ませても、家内さんだと思っているのなら問題ない。


(……確かにこれは……家内さんが辞められないのも分かる気がする…)


身体が暖まったからか、再び後ろ髪を引っ張り始めた眠気に見を任せながら私は陽満の神に顔をうずめる。


(少しの間だけ…)


陽満が起きる前に抜け出せば良い。


(………)


次回投稿は水曜日です。

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