失墜③
クリスマスイヴ。
本来は24日の日没からとか、25日当日の夜だとか、1月6日だとか、宗派や使う暦によっても解釈が違ったりもするらしいのだが、今回の場合は日本における12月24日…つまりは今日だ。
他国の宗教における催しなどを、その細かい意味も曖昧なままとりあえず楽しむ。
そんな素晴らしく自由な宗教観のもとこの国では24日全体がクリスマスイヴとして広まっている。
まぁ、単に商品を売るための戦略として広められたと言うのが正しかったりするのだが。
なぜ俺が今クリスマスとイヴについて語るのかと言えば、理由は二つ。
一つは俺はクリスマスイヴやクリスマス…さらにはこの国でのハロウィンなどが嫌いだから。
嫌いな理由は単純明白、彼女がいなかったからである。
俺が知らないだけでもしかしたら他の国でも変わらないのかもしれないが、この国のクリスマスやハロウィンと呼ばれる日はとにかく彼氏彼女や家族で一緒に過ごすものだという風潮が強く、羽目を外す若者という印象がある。
仲良く手を繋いで下校する男女の後ろ姿を今まで何度のろ…嫉妬の目で見送ったか…。
強いてクリスマスの思い出を語るなら、思緒姉ちゃんがサンタのコスプレをして1日中言うことを聞いてくれるという謎のイベントが過去に発生したくらいで、それ以外は普通に思緒姉ちゃんに拘束されていた記憶しかない。
……楽しいにせよ楽しくないにせよ、姉とクリスマスを2人で過ごすという文言はなんだかインパクトに欠ける。
しかし…
そう、しかしだ。
今年の俺は違う。
これが今クリスマスイヴについて語るもう一つの理由であり、浮気野郎だとか聖女を泣かせた男として全校生徒に名が知れ渡った俺が笑顔でいられる理由である。
…いや、嘘である。
そんな汚名が知れ渡るのは普通に辛い。
今朝学校に来た時点で校門から下駄箱、そして教室に着いた時にも鋭い視線を浴びた。
だが俺は親しくもないクラスメイト達へ釈明をすることもなく、4限目までの授業をクリアしようとしていた。
理由は単純明快。
それはそんな噂や汚名も昼休みには勘違いだということがみんなに伝わり、明日明後日の休みを挟んだ月曜日には全て払拭されることが分かっているからだ。
屋上で玉波先輩が泣き始めた時には俺だけじゃなく泉となぜかいた野宮さんまで慌てふためいたが、その後ちゃんと2人で話し合って昼休みは一緒に…それも俺の教室でお弁当を食べることに決まった。
正直今から思えばもっとマシな解決策があったのではないかとも思うが、玉波先輩と付き合っていること、浮気なんてしていないことをアピールできる場…アピールなんてしたくないが…だと思えばいくらかマシだ。
そして何よりクリスマスである。
俺は人生初の彼女と過ごすイヴとクリスマスのことだけを考えることにして、他の嫌なことは全て頭の中から捨てることにした。
つまり自分の悪い噂が飛び交う今の状況下で俺が笑顔でいられるのは、単に何も考えていないから…
…というのが一番正しい。
俺が消極的なばかりに先輩を泣かせてしまったのは事実だし、今回ばかりは反省した。
先輩が特別な立場をかなぐり捨ててまで俺との時間を増やそうとしてくれているのだから、俺だって逃げてばかりはいられない。
付き合っていることが知れ渡る方がどちらかと言えば命の危険を感じるんじゃないかと思わなくもないが、いつまでもコソコソ隠れて会うのも先輩に負担をかけるだろうし。
それに心強いことに昨日玉波先輩も言っていたのだ「明日は万事私に任せておきなさい。」と。
「よし、今日はここまで。板書し終わったやつから昼休憩な。」
眠いでお馴染み日本史の授業をなんなくクリアして、俺は机の上にあった教科書類を鞄へと放り込む。
そしてそのまま待機。
玉波先輩も普通に授業を受けているため5分程度経ってから、結局無くなることはなかったざわめきを引き連れて先輩は俺の教室へとやって来た。
ガラガラと音を立てて扉を開け放ち、教室へと足を踏みいえる先輩の顔はどこか凛々しくも感じる。
…………いや、カッチコチだ。
凛々しい表情からピクリとも動かないし、なんだか体の動作が硬い。
ギリギリと錆びた音が鳴りそうなほど関節が曲がっていなかった。
(…これ、俺まで頭空っぽにしてたらダメなやつだ!)
教室中の視線が今玉波先輩に降り注いでいる。
「あ、あぁ!玉波先輩!いらっしゃったんですね!」
大袈裟で態とらしい歓迎の声をあげて先輩は俺に用があって来たんだぞというアピールと同時に、焦点の合わない玉波先輩の意識を俺に向けようとするが、いかんせん先輩の緊張具合はハンパじゃない。
(あ、椅子用意しなきゃだよな…)
ちょうど左隣の席の男子が立ち上がろうとしていたため椅子を借りようと思ったのだが、俺が声をかける前に教室内に一際大きなざわめきがおき、俺の膝の上に柔らかな感触が触れた。
「……え…。」
視線を驚愕の表情を浮かべた男子生徒から逸らして前に戻せば、ふわふわとした白い髪が目の前を覆い、良い匂いが鼻腔をくすぐる。
「ちょっ!先輩!?」
「い、家……陽満君。」
「は、はい!?」
再び教室内、いや廊下からもざわめき…2箇所くらいから異様な視線まで感じた。
「わ…私達が付き合って初めてのクリスマスだから…今日はいつも以上に頑張ってお弁当を作ってきたの。」
俺は今…後悔しているのかもしれない。
「だから…」
玉波先輩は確かにガチガチに緊張していた。
しかし、俺は今まで何度も見て来たではないか。
「残さず食べてね。」
生徒達の前で表情を自在に変えて、聖女を演じる先輩の姿を。
どうやら他の椅子に座る気はないと分かった先輩の無言の圧と、周囲…特に男子達からの鋭い視線の中俺はただ頷くことしかできなかった。
「はい……。」
明日は投稿お休みです。
次回は明後日からになります。




