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ヒミツ(修正版)  作者: 爪楊枝
√姫:黎明
233/240

失墜❷


「ほらほら、今日も一緒に食べよ?」

「え……あー…」

「おい、玉波たまなみさん嫌がってるだろ。」

「そんなことないわ、あんたらは黙ってなさいよ。ごめんね玉波さん、男子ってすぐいちゃもん付けたがる生き物なのよ。」

「う…うん。」


私が授業を他の生徒達と変わらず受けると教師に伝えたその日から、所謂聖女だなんて呼ばれる原因ともなっている特別扱いは一部を除いて打ち切られた。


教師達が私を特別扱いしているから、またはそうなるよう仕向けていたから…他の生徒達も自然と私をおかしな目で見るようになった。


少なくとも中学の時のように、奇異の目に晒されることはあっても私の周りに他人が群がるなんてことはなくなる。


そう思っていた。


「玉波さんのお弁当、いつも凝ってるけど自分で作ってるの?」

「う、うん。」

「すごね!」

「…そうかな。」


(失敗した!)


私の席の周りには、複数名の女子生徒…それも2〜3人の別々のグループが3つほど机をくっつけて取り囲んでいる。


特に近くに陣取っているのは文化祭の時に少しだけ話した子達。


さらにその周囲からは他の生徒達がチラチラとこちらの様子を伺っている状況だ。


普通に授業を受けるようになってからすでに5日、クリスマスまであと2日と迫った今日。


4限目の体育の授業はマラソンだった。


確かに女子生徒の間でマラソンの授業の人気は低い…というより無いと言った方がいい。


しかしだからと言って、私の周りを同じようなスピードで走る意味はあったんだろうか?


さっぱり意味がわからない。


なんか話しかけてくる子までいたし…。


結局ほとんど運動なんてしてこなかった私と同じタイムでゴールすることになり昼休みが削れたのに、特に気にするそぶりも見せなかった。


(それに…)


どうしてこんなにグイグイ来るんだろうか…。


流行りなんて分からないし、それこそ本物のアイドル話なんか振られても口籠ってしまうだけ。


正直ちゃんと会話できているとも思えない。


皆んなから慕われる人気者…みたいな振る舞いも全部辞めて…本来の私を見れば皆んな興味を無くすと思っていたのに!


「……。」


チラリと廊下を見れば、ネクタイの色から察するに後輩だろうか。


男女問わず複数名の生徒達が教室の中を覗き込んでいた。


(…怖い)


今までとは違う。


向こうが勝手に線引きしてくれていたのだと痛感した。


私が克服したと思っていただけで、中学までの人間関係はそのまま私の中でトラウマとして残っていた。


いざこうして殻の外に出てみれば、表情を取り繕うことすら忘れてしまう。


そんな私に対して彼ら彼女らは飽きないのかと聞き返したくなるくらいに話しかけて来るし、男子達からはよく「お前告白して来いよ。」だなんてまるで罰ゲーム扱いかのような会話すら聞こえる。


そもそも私が陽満はるまの家に居候していることも、一緒に登下校していることも結構知られているはずなのになぜそんなことしようとするのか…。


ここ数日、私の頭はパンクしそうだった。


注目されるようなことを減らして、陽満との時間を増やしイチャイチャする。


たったそれだけのつもりだったのに事態は全くの逆方向に動いている。


陽満と一緒にいられる時間は減って、授業中に監視もできない。


唯一の楽しみとも言えるお弁当だって、この1週間一緒に食べれていない。


心なしか陽満の態度がよそよそしくなった気すらした。


…もちろん私の気のせいなんだろうけれど…。


(いや…もしかして勘違いじゃ無い?)


そういえば、押し寄せて来る生徒達を捌くのに必死で陽満が昼休みに何をしているのか、さっぱり分からない。


周りには確実に彼のことを異性として狙っている女子が複数人いることは分かっているのだから、授業以外でフリーの時間を作るだなんて一番やってはいけないことだったのでは?


(まさか…もう私のことなんて……)


捨てらでもしたら一生立ち直れる気がしない。


放課後だって一緒に勉強しているし登下校も一緒。


考えすぎ、思い過ごしであることなんて分かっているけれど想像して勝手に胸が押しつぶされそうになる。


「た…玉波さん!」

「ひっ!?」


突然大声を上げた男子生徒に教室中…廊下からの視線も釘付けになった。


「だ…………誰?)


名前を聞き返そうとして、すんでのところで言葉を飲み込む。


流石にクラスメイトの名を今更聞くのはどうなんだろうか…。


(他の授業の時、確か教師から名前を呼ばれていたはずだ。なんて呼ばれていたっけ…うーん、さ…さい…斉藤?)


「あ…俺、佐藤さとうって言います。」

「そ、そう…。」


微妙に…否、普通に違っていた。


「それで…何か用?」

「えっと…そ、それなんだけど…。」

「…?」


佐藤と名乗った男子生徒が指さしたのは、私の机の横にかけられたお弁当用の入れ物。


しかし今自分の机の上に広げているものとは別のもの。


つまりは陽満の分だ。


どうしても人が寄ってきてしまう今は季節的にもロッカーの中に置いておけば保存が効くため陽満のおやつになってしまっているけれど、一応チャンスがあれば持っていこうと手元に置いている。


「こ、これ?これは…」


(…なんで言えばいいの…?)


夏休み前だって中庭で私と陽満が一緒にお弁当を食べている姿を見ているだろうし、これからのことも見越してきちんと彼氏のお弁当だと言っておくべきなのか。


(で、でも陽満は目立ちたくないみたいだし…それに彼氏ならなんで一緒に食べないのとか聞かれたら…)


再び頭がオーバーヒートしそうになる。


「ちょっと、野暮なこと聞いてんじゃないわよ!」

「…!き、木南きなみさん…。」


男子生徒との間に割って入ってきたのは、私にネコミミと尻尾を意地でもつけようとしていた生徒のうちの1人だ。


「木南、お前には関係ないだろ。それより玉波さん、最近あの2年生と上手くいってないんでしょ?その弁当だって取りに来る気配無いし、良かったら俺食いたいな。」


その一言をきっかけに、男子生徒の背後で謎の歓声が上がるのが聞こえた。


「………え。」


そしてそれとほぼ同時に男子生徒の放った言葉に私の背筋が凍る。


私と陽満が上手くいっていない?


(ま、周りから見るとそう見える?)


普通とは違う。


自分の立場と陽満との合い方も含めてそれくらいは分かっている。


でも、それほどまでに私達は付き合っているようには見えないのだろうか。


最近すっかりネガティブ思考になった私の脳内が答えを導き出すスピードはこういう時だけはやけに速い。



私が独りで舞い上がっているだけで、実は陽満もそんなに楽しくないのでは?



勝手に妄想して勝手に傷つく。


今回のは結構引きずりそうなダメージだった。


思い返せば、私と一緒の時の陽満はよく浮かない顔で…いや、どこか不満気な表情で私の顔を覗き込んでいる。


あれはつまり別れ話を切り出すタイミングを…


(っていやいや!流石に考えすぎよ!)


勝手に堕ちていきそうだった思考を振り払うために、頭を振る。


「た、玉波さん?」

「あ!…な、なんでもない。」

「…?まぁいいや。とにかくさ、どうせ捨てることになるなら別にいいでしょ?」

「あ…」


男子生徒が手を伸ばし。私の机からお弁当の袋を持ち上げる。


「あぁ!佐藤が玉波さん泣かせた!」

「うさぁ…最低。」

「えっ!?な、なんで…。」


勝手に涙が溢れてきた。


悲しいとか寂しいとかそんな感情ではなく、嫌だった。


陽満のために作ったお弁当を他の誰かに食べられることが。


そして、それに対して反対することもできない自分の弱さが。


「そんなだからモテないんだぞ佐藤ちゃん。」

「いでっ!?」


ゴリっという音が聞こえそうなほど勢いのあるチョップが、男子生徒の頂点に振り下ろされた。


チョップの衝撃に耐えられず、男子生徒の手からお弁当の入った袋が床へと落下するが落ちた音も、中身が飛び散ることも無かった。


同じ女子高校生とは思えない身のこなしで落下する袋をキャッチした青い髪の女子生徒は、そのまま私の机の上に袋を置いた。


「ほれ。」

「…あ、ありがとう…剣崎けんざきさん。」

「……ぷふっ。」

「え…。」


笑われた。


それも少々小馬鹿にしたような笑い方。


家内いえうちなら屋上にいるぞ。」

「!」


わざわざ屈み、小声で伝えてきたのは陽満の居場所だった。


なぜ剣崎さんが知っているのかとか、なぜまだ体操着なのか色々疑問はあるけれど、私はその言葉を聞いた瞬間席を立って走り出していた。


手に持ったお弁当を渡すだけでもいい。


とにかく、陽満に会いたい。


それだけを考えて。






運動不足が祟って息も絶え絶えにりながら、それでも階段を一段飛ばして駆け登る。


4階と屋上の踊り場で息を整え、跳ねた髪を手櫛で梳かす。


「よし………………あれ、貴女…。野宮ののみやさん?」

「げっ。」

「げっ…ってまた随分とご挨拶ね。なに、もしかして陽満の様子でも見にきたの?悪いけど今から私が…」

「しーっ。」

「…?」


野宮莉音は私の予想とは違う反応を返してきた。


静かにしろとジェスチャーで伝えてきたのは、どうやら陽満を静かに眺めたいからとかそういう理由ではないらしい。


「ハァ…あまりオススメはしませんけど、見ますか?」

「な、なんなのよ一体。」


野宮さんが床に膝をついたままの姿勢で身を逸らし、私が屈めるだけのスペースを作ってくれた。


一体なにをしているのかさっぱり分からないけれど、とりあえずは話を合わせて姿勢を低くし、扉の隙間から屋上の様子を伺う。


「はる君、私がわざわざ君のために作ってきてあげたんだからほら、口を開けなよ。」

「だ、だからせめて自分で…。」

「往生際が悪いよ。」


そこにあったのは私にとっての地獄。


先ほどまでただの妄想でしかなかった世界が広がっている。


「………なに、あれ。」

「許せませんよね、1人だけ抜け駆けして…ずるいです。………ってちょっと!?」


立て付けの悪い錆びた扉を勢いよく開ければ、ガラギリと耳障りの悪い音が響く。


「む。」

「た、玉波先輩!?」


なぜ教室でお弁当を取られそうになった時に涙が出たのか、なぜ今こんなにも腹が立っているのか。


床を踏み抜きそうなほど力強い足取りはどんな感情を糧に繰り出されるのか。


人目とか、一緒にいる時間を増やしたいだとか、そんなことを気にする前にやるべきことは山ほどあったのだ。


女の子に優しくされてすぐ尻尾を振る可愛らしい子犬のようなこの男にも、それを取り巻く女子生徒達にも言っておくべきことがあった。


それに、私の後をつけて来る生徒達にも。


2人で仲良く…私にはそう見える2人の前まで歩いて、立ち止まってからお弁当の入った袋を突き出す。


そしてこの際全校生徒に知れ渡るくらい大きな声を出そうと力一杯息を吸い込んでから……


叫ぼうとしたけど、さっきまでの出来事やこれまでの悩み、そして今目にした()()()()



「わ、私の彼氏なんだから…私の作ったお弁当食べてよおぉー…!!」



諸々に対しての感情が一気に爆発した結果、それは叫びというよりも子供が駄々をこねる様な…情けない泣き声の様にも聞こえる代物になってしまった。


次回投稿は明日です。

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