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ヒミツ(修正版)  作者: 爪楊枝
√姫:黎明
232/240

失墜①


「私、もう辞めるわ。」


玉波たまなみ先輩が決心したようにそう言ったのは、クリスマスまであと1週間と迫ったある冬の日だった。


ついに捨てられる、やはり俺では先輩に釣り合わなかったのかなどと勝手に不安になりながら、立ち上がった先輩の顔を恐るおそる見ると、ほぼ同時に玉波先輩も俺の方を見た。


先輩とまともに話せるのは登下校と昼休み、それからこの放課後の勉強時間だけ。


正直それらしいことなんてほとんどできていない。


俺は先輩と一緒に過ごせれば良かったのだが、やはり相手側もそうだとは限らない。


しかし俺のそんな心配を他所に、先輩のその目にはネガティブな感情は一切感じず、その逆で自信に満ち溢れているようにも感じた。


陽満はるま、私明日からちゃんと授業を受けるわ!」

「はぁ……えぇ!?」


玉波先輩は授業が免除されている。


その理屈はよく分からないが、校内に何人かいるという特別な生徒の内の1人だ。


例えば俺の知る玉波先輩と同じような存在である生徒会長、剣崎けんざき会長も授業に出るか出ないかはその日の気分次第で、一日中屋上で寝ていることも珍しくなかった。


人は特別なものに憧れる。


学校になんかアイドルが入学してくれば初日からその教室には生徒達が押しかけるだろう。


毛色は違うが、玉波先輩も剣崎会長もこの学校内においてはアイドル…いや、それ以上に手の届かない存在として扱われてきた。


そんな先輩が普通の生徒と同じように授業に出る。


それはつまり特別扱いされることを辞めることを指す。


そして同時に、他の生徒達からすれば今まで手の届かなった高嶺の花であるところの玉波先輩に近づくこともできるようになるということでもある。


つまり…


大事件だった。








「姫ちゃん姫ちゃん、一緒にお昼食べよ!」

「おい、お前話しかけてこいよ。」

「お前がいけよ!」


「………。」


アイドルがその実績と立場をかなぐり捨てて、一般人に戻ればどうなるだろうか。


スクープを狙うパパラッチは興味を無くしてくれるのか?


普通に生活しているからと言って、かつてファンだった人間から話しかけられることは一切ないか?


否。


断じて否である。


一時的なものであると信じたいが、今の玉波先輩の校内での人気は上限を突破した。


誰もまともに話しかけれない、恭しく接する対象だった人物が自分達と同じ土俵に降り立ったのだ。


それはもう火事の如く燃え盛った。


玉波先輩が移動すればそれを中心に人垣ができる。


以前までは集まった群衆は一定のラインから内には決して踏み込んでこなかった。


今はどうかと言えばその境が無い。


全体的に近い。


「おい、どっかのクラスの先輩、それはいくらなんでも近すぎるぞ。」


3年生の4限目の授業は体育。


この時期にする体育の授業といえば、マラソンだ。


マラソン大会なんてものもあるがそれはまだ少し先の行事で、今はグラウンドに書かれたトラックをただただ回り続けるというなんとも過酷な授業だった。


さらに辛いのは少々授業時間が押して昼休みが短くなっても、この距離は絶対走らなければならないというノルマまで存在していることである。


「なーにやってんだお前は。」

「うわっ!?」


コの字型の学校の屋上で、双眼鏡片手にフェンスに寄りかかっていた俺を驚かせたのはこの屋上の住民と言っても過言では無い剣崎会長だった。


剣崎会長は体操着姿で、また色の変わった髪を適当に輪ゴムで縛っている。


「……ははーん、さては覗きか?」


剣崎会長は俺が手に持つ双眼鏡をしげしげと見ると納得したようにうなづいた。


「ちっ!違………わなくもない気がします…。」

「うわぁ…。」

「引かないでくださいよ!というかなんで会長もうここまで来てるんですか!?まだ授業終わってからそんなに時間経ってないですし、他の女子の先輩達なんて纏まって今ゴールしてるぐらいじゃないですか。」

「ハッハッハ!男子もごぼう抜きで他全員周回遅れに決まってんだろ。」

「うわぁ…。」


マラソンすら楽しめるタイプの超人だった。


「で?実際どうなんだよ。彼女が人気で気が気じゃないんだろ?」

「………。」


図星だった。


「…というか、知ってたんですね。」

「私は生徒会長だからな。」


生徒会長は相変わらず凄いなぁ、なんて間抜けな感想しか出てこない。


…まぁ、それは置いておいて、実際問題玉波先輩は人気すぎる。


今も校庭から下駄箱へ移動中の先輩の周りには男女問わず生徒が取り囲んでいて、とてもじゃないがこれから一緒に昼食を取ることは不可能に近い。


今もまだあの部室は自由に使える状態であるものの、下手すれば誰かがついて来かねないということで放課後のみの使用に留めている。


(………)


つまりその…言い方はあれだし多分玉波先輩の思い描いた結果とは真逆に進んでいるのだが…



俺たちは疎遠になっていた。



もちろん登下校は一緒だし、同じ家で暮らしているのだから疎遠と言う言葉はおかしいが、1日のうち一緒にいる時間は目に見えて減った。


あれだけ一緒にいて、いざこうして共にいる時間が減るとまるで自分が避けられているという焦りを感じるのだから人体は不思議だ。


そう、俺は焦っている。


もしかしてこうしている内にも玉波先輩を他の誰かに取られてしまうのでは無いかと。


「ぷっ……くぅ〜〜〜!!!」

「なに人の不幸を笑ってるんですか。」


俺の隣でお腹を抱えている生徒会長が目尻に涙を浮かべていた。


もちろん笑いを堪えた結果出た涙だ。


「だってお前ら……いやなんでもないわ。ぶぷっ!」

「……会長、ここで油売っててもいいんですか?大変なんでしょ、文化祭の後始末。」

「んだよ〜水刺すなよ。もう話し合いなんていくらやっても無駄だ無駄。」


あの事件から1ヶ月以上経った今も、学校には偶に警察の関係者がやって来る。


被疑者死亡のまま書類送検となった以上、事件の全容全てが解き明かされることはないだろう。


剣崎会長自身も事件当時、楽しみにしていた文化祭を潰されたことにかなり憤慨していたが今はもうこの通りだ。


もはや誰もあの事件のことを口にしようとはしない。


被害者であるはずの生徒達が当時のことを忘れたがるのはまだわかる。


その現場を目撃してしまった人たちも。


しかし校内の関係者のほぼ全て…教員から生徒、用務員や事務員にいたるまで、同時期にあの事件について決して口にすることが無くなったのはどういうことなのだろうか。


まるで全員で口裏を合わせたかのようなタイミングだった。


いや実際、俺が確認していないだけであまり変な噂やトラウマを刺激しないように気をつけようだとか、適当なことをマスコミなんかに流布されないよう気をつけようという趣旨のプリントかなにかが配布されたり注意喚起されたのかもしれないが。


「ふぅ〜…まぁ家内いえうち、お前もっとシャキッとしてろよ。」

「え?」


俺が考え事をしている内に落ち着いた剣崎会長が話しかけてきた。


…まだ少し笑いを堪えているように見える。


「お互い初恋だもんな!ハッハッハ!」

「…なんか馬鹿にされてるような気がするんですが。」

「してないしてない!じゃ、私行くわ……ぷっ!」

「……。」


最後に堪えきれず、思い出し笑いで吹き出しながら会長は去っていった。


「…とりあえず売店でパンでも買って来るか。」


先輩は毎日弁当を作ってくれているようだが、落ち合えない以上一緒に食べることは困難。


さらに取り巻きがとてつもないため弁当の受け渡しすらできない状態になる。


登校する時に渡せば良いじゃないかと一度提案してみたものの、なぜか拒否された。


多分夏になるとおかずが傷んできまうためこの季節だからこそだが、放課後か下校してから弁当を食べている。


少なくともこの騒ぎが沈静化するまで、昼休みに玉波先輩のお弁当にありつくことはできないと考えるべきだが…


「あぁー……食いてえなあ…。」


売店のパンでは満足できないほどに、俺は餌付けされてしまっていた。


次回投稿は明日です。

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