伽藍①
この部屋は、教室を半分で区切ったような大きさだ。
中央にテーブルが置かれ、それを挟むように黒色のソファーがある。
窓際には勉強机があり、その上には聖女様のものと思われる鞄が置かれていた。
壁際にある小さな冷蔵庫の上にはレンジまであるのだからもはやここに住めるレベルだ。
現在聖女様は冷蔵庫の隣にある棚の上で、紅茶を淹れている。
電気ケトルまで出てきた時は流石に声を出したが、ティーセットやらお菓子が出てきたあたりで驚かなくなってしまった。
鼻歌まじりに揺れるその後ろ姿は、楽しげであり。
お礼と言うのは彼女の本心なのだろうと思えた。
(それにしても…。)
不思議と、ずっと見ていられる。
思緒姉ちゃんとは何もかもが対局だ。
白い髪も、身長も、性格も。
…性格はもう少し掴みかねているが…。
机に置かれたお菓子を摘みながら、俺はふわふわと揺れる髪を眺めていた。
「お待たせ!」
それから数分と経たないうちに、聖女様はパタパタと音を立てそうな足取りでお盆の上のティーセットをこちらに持ってくると机に並べ始める。
そして、並べ終えるやいなや俺の横に腰を落とした。
「な…何してるんですか?」
「なにって、今から一緒にお茶を楽しむんでしょ?」
お前こそ何言ってんだ?みたいな顔で小首を傾げている。
「そ、そっちに座らないんですか?」
俺は対面のソファーを指差す。
「なによ、そんなに私が隣にいるのが嫌なの?」
「い、いやそういうことじゃなくて…。」
聖女様が少し動くたびに、ウェーブがかったその白い髪が腕に当たってこそばゆい。
しかも距離が異様に近い。
身長差もあって、座った時の目線が一段と低い聖女様は、こちらを見上げて睨んでいるのがなんともかわいらしかった。
「…な、なんでもないです。」
「そ。それなら良いわ。さあ私が淹れた紅茶を飲みなさい。」
「いただきます。」
目の前に置かれたティーカップを手に取り、紅茶を啜る。
この人がわざわざ淹れてくれたものだし、かなり高い紅茶に違いないと思うと緊張で味が感じられなかった。
「どう?」
キラキラとした目でこちらを見ないで欲しい。
「お、美味しいです…。」
「そう!嬉しいわ!」
…やっぱり単純に笑顔が下手なんだな。
言葉と表情が一致していない聖女様は自分の紅茶を飲み始める。
「ちなみにこの紅茶って結構高いんですか?…」
「紅茶…?スーパーのやつだけど。」
「そうですか。」
緊張を返してほしい。
もう一度口に含むと、普通に紅茶の味がした。
そんなに飲む機会が無いので結局味の違いなんてわからないけれど。
「と、ところで貴方名前はなんでいうのかしら?」
「え?」
そういえば、自己紹介をしてなかったっけ?
というか、俺も彼女の名前を知らない。
姫ちゃんと呼ばれていたのは聞いたが、それがあだ名なのかどうかも聞きそびれていた。
「家内陽満です。」
「はるま……陽満ね。良い名前ね!」
聖女様は何度も俺の前を口ずさんでいる。
「ちなみに先輩の名前って…」
「私?知らないの?」
「え、まあ…」
「本当にっ!?」
「うぉ!?」
ずいっと身を乗り出し、聖女様は目を見開く。
「本当に知らない?」
「姫ちゃんって先輩方が言っていたのは聞いたんですけど…俺全校集会とか基本寝てて…。」
「ふ…ふふっ…それならちゃんと自己紹介が必要ね!」
立ち上がった聖女様は俺に向き直るとピンと背筋を伸ばして胸を張った。
「私の名前は玉波姫よ!」




