神さま❷
「思緒姉ちゃん、そろそろ離れてくれよ。」
「玄関から先は離れ離れになってしまうんだから、もう少しだけいいじゃない。」
リビングの扉の向こう側から、恐らく階段を降りてくる足音共に陽満と家内さんの声が聞こえてくる。
最近はいつもあの調子で、家にいる間はまるで陽満の所有権を主張でもするかのようにベッタリくっついて離れない。
でも…それはまだいい。
全然良くないけど。
家は彼女、それ以外は私…棲み分けは十分可能だったし最初はそれでも全然気にならなかった。
しかし今は違う。
自分がこんな経験するだなんて思っても見なかったけれど、私はここ最近常に非常にイライラしている。
陽満が他の誰かと一緒にいる時、自分のものにベタベタと触るなという独占欲とでも言えばいいのか、そんな感情が湧き出てくる。
でも、不満はあっても文句は言わない。
家内さんに対しては。
部活がある真実ちゃんとお父様以外でたまに朝食を摂り、準備を整えて学校へと向かう。
ようやく家内さんから解放された陽満と一緒に玄関から出ると、1人の女子生徒が立っている。
これもまたいつも通り。
いつも通りだけれど、いい気分ではない。
「おはようございます…家内君。」
「おはよう、野宮さん。えっと…腕の調子はどう?」
「はい、お陰でだいぶ良くなりました。」
「そうか…よかったよ。」
(……近いわ!)
左肘から下が無い女子生徒は、抜糸したとは言えかなり縫い目の目立つ腕の先を見せて笑顔を浮かべる。
この女子生徒、野宮 莉音こそが目下私の機嫌を損ねさせる人物の1人だ。
夏からずっと、彼女は変わらず陽満と一緒に登校している。
「ちょっと野宮さん、前にも言ったけれど陽満は私と付き合ってるのよ…少し近いんじゃない?」
「あら、すみません玉波先輩。」
わざわざ付き合ってることを強調として…つまりはマウントを取ろうとしてもこの通り、彼女は全く意に返さずだ。
(……全くなんなよ!)
聞けばこの野宮さんと陽満は小学生の頃に出会っているらしい。
それがなんだと鼻で笑い飛ばすことができれば楽なのに、たったそれだけのことに嫉妬してしまう。
それに腹立たしい。
ほんの少し私より陽満と出会ったのが早かったくらいで…
それに、嫌でもわかる。
殆ど役に立ったことがない私の女の勘が囁くのだ、野宮莉音は陽満のことが好きだと。
自分の彼氏がモテていることに少しだけ鼻を伸ばし、自分の彼氏がモテていることに猛烈な危機感を覚える。
陽満は八方美人だ。
付き合い始めて、きちんと隣で過ごしてようやく分かった。
それまでは視界が狭かった。
彼の表側ばかり見ていて、自分をアピールするのに必死だっから。
陽満は他人との距離感がおかしい。
クラスメイトを始め、普通に生活している中で彼は殆ど自分の意見や意思を表に出さない。
他人との間に壁を作っているような…そんな感じ。
しかし一部の…特に過去なんらかの形で関わったことがあったり、やむを得ず友好関係を結ぶことになったような人物に対してはその壁が一気に無くなる。
多分、自分では警戒しているつもりでもそのガードは赤子レベルだ。
いつ他の女に唆されてもおかしくない。
私も他人との関わり方で人のことを言えたものではないけれど、彼女の前で別の女と笑顔で談笑だなんて………
(……流石に余裕が無さすぎるかしら…)
でも…まだ仲の良い女が1人いるくらいなら私も我慢できる。
なぜなら結局陽満に選ばれたのは私で、彼女は選ばれなかった。
そう思えば溜飲だって下がると言うものだった。
(でも……だからって!)
この寒い季節、窓に結露が発生しているためか仲の様子を細かく確認することができない。
かろうじて水滴がついていない位置で、冷たい廊下の床に膝をついて室内の様子を見る。
2年生の授業中、あの件を境に3階の空き教室を使用している陽満のクラスだ。
肝心の陽満はといえばここでもまた女子生徒にちょっかいをかけられている。
野宮莉音とは違い、右肘から下はあるが痛々しい傷跡が残る腕。
抜糸も済み、包帯やギプスも取れたものの今まで通りに手を動かせるわけではない。
立花あき、あの野宮莉音とは腹違いの姉妹だという彼女もまた陽満を狙う女の1人であり、私の敵だ。
リハビリ中の右手では上手く板書できないためか、陽満に代わりに板書してもらっている。
しかも机をくっつけて。
(何あれ!あんなのズルよ!ズル!)
陽満が他人から頼りにされたり好意を向けられる姿を見るのは、まぁ…贔屓目に見ても悪い気はしない。
しかし、朝と同じで手放しに喜べるものでも無い。
何より同じクラスだと言うことが腹立たしい。
私が陽満と同じクラスじゃない時点でこの世に神はいないことの証明されている。
しかもより厄介なことにこのクラスにはさらにもう1人警戒すべき人物がいる。
伊東泉。
家内さんと陽満の話から要約すると真実ちゃんと入れ替わった本当の妹で、そのことを彼女自身も知っている……はずなんだけれど…。
どうも休み時間や体育の授業の様子を覗き見るに、兄や友人に向けるそれ以上の感情を抱いているようにか見えなかった。
(まだまだ警戒が必要ね……おっと、そろそろ昼休みの用意しなくちゃ)
陽満をスト……監視しているだなんて知られるわけにはいかない。
玉波姫は頼れる先輩であり、いつも冷静、そして何より彼をいつでも受け入れる優しい彼女なのだから。
昼休みになれば陽満はまっすぐ私の元へとやってくる。
それが私の毎日の楽しみだ。
なんらかの方法で呼び出せばすぐにでも来てくれるだろうけれど、そういうことはしない。
あの日…陽満と付き合い始めた日から私は自分の特別な立場を利用して彼を呼び出したことは…殆ど無い。
くだらないプライドだということも分かっている。
家内さんには「可愛いわね。」だなんて言いながら小馬鹿にするように笑われた。
しかし私はどうしても拘りたかった。
陽満が自分から私に会いにきてくれた…それこそが大事なのだ。
でもその分、他の女に削られた分だけイチャイチャしなければならない。
というか、ひとつやふたつ私の言うことを聞くか甘やかしてもらわなければ許さない。
この学校で一緒にいられる時間は想像以上に少なく、残り2ヶ月を切っている。
その間にやりたいことはいっぱいある。
クリスマスにお正月…そしてバレンタイン。
ひとつたりとて無駄にしたくはない。
天候や邪魔者のせいでお流れなんて結末はもううんざり。
今だってこうして授業中や業間休みに監し……会うことを控えているのは彼の学業のためだったりする。
放課後は部室で一緒に授業の復習だってしているし。
その辺をきちんとしなければ、陽満を幸せにするという家内さんとの契約を破ったと思われかねない。
そして何より、勉強が疎かになっているといちゃもんをつけて家内さんがデートの邪魔をしてくる可能性もなくは無い。
だからこそ、今は我慢の時なのよ!
(やってやるわ!ひとつでも多く思い出を作って見せるんだから!)
私は心の中でそう誓いながら、授業中で誰もいない廊下を歩き、お弁当の準備をするため部室へ帰還した。
次回投稿は4日です。




