聖女④
「お、お礼にお茶でもいかが?」
「………はい?」
お茶?お茶というのはあれか?紅茶とかそういうのを一緒に飲もうということだろうか?
一緒に?二人で?
正直、あまり長居はしたくなかった。
階段やハンカチを返した時の反応からは明らかに俺に対する不満や嫌悪感を感じたからだ。
それに…この笑顔がいかにも無理してますって感じだし…。
数秒、互いに固まって沈黙が流れたが、その間も聖女様の頬はピクついているし目つきは悪い。
三白眼が余計に鋭く感じさせるのか、獲物を狙う猫化の猛獣のような目だ。
「さ…さぁ!こっちに…」
カクカクとした動きで聖女様が1歩近づいてきたので、思わず後退りする。
「なっ!?……なにもしないから!一杯…一口だけでも良いから!」
……なんだか必死過ぎないか?
先程までの態度と違いすぎて、逆に怪しくさえ思えてくる。
「それじゃあ…一杯だけ。」
「ほんと!?えぇ…ええ!さあ中に入って!」
やはり、全く別人かのような反応だ。
しかしその声は明らかに嬉しそうではあった。
…笑顔は相変わらず怖いが…。
美術部の部室…と言って良いのだろうか?
俺が部屋に入ってまず目に入ったのは、大量のイーゼルとそれに置かれたキャンバスだ。
それが円を描くようにして所狭しに配置されている。
その中心、少し余裕のあるスペースにひとつだけポツンとイーゼルとキャンバスのセット。
その前には椅子と筆やパレットが置かれた机が並んでいる。
その中でも目を引いたのは、やはりキャンバスに描かれた数々の絵だろう。
どれも美術の成績が芳しくない俺にとってはとてつもなく上手く見えるが、左半分は様々な色で塗りつぶされて描写されてなかった。
ガチャリ。
俺が部屋の光景に圧倒されていると、後ろで扉を閉めた聖女様が部屋のさらに奥に進み始める。
「奥にもう一部屋あるの。」
俺も彼女の後ろについて、キャンバスの森を抜けた。
部室の扉と比べてしまうと簡素な作りの扉の先は、普段俺たちが使っているような教室を丁度横半分に区切ったぐらいのスペースで、ソファーや机、冷蔵庫や冷暖房も完備された正に特別扱いを体現したような部屋だった。
「び、美術部の部室…凄すぎじゃないですか?」
校庭の隅に、複数の運動部の部室が繋がった長屋状の建物があるが、ブロック塀やコンクリートで作られたそれこそ夏は暑いし冬は寒そうな代物だ。
吹奏楽部の使う音楽室は冷暖房こそ完備されているとはいえここまで生活しやすいようにはされていない。
それらと比べると、やはりここは特別だと言えた。
「別にここは…さっきの部屋も美術部のものじゃないわ。私の部屋よ。他の美術部の子達は貴方達も普段使っている美術室で活動してるはずよ。」
俺の後ろで扉を閉めた聖女様が言う。
すなわちここは、彼女一人のために作られた部屋ということか。
「.…。」
もはや驚きすぎて声も出ない。
「さぁ……どこでも好きに座って。」
聖女様は俺の後ろに立つと、肩に手を置き囁いた。




