聖女②
「もう絶対こんな時間には登校しない…!」
愚痴をこぼしながら階段を登る。
結局あの列に紛れて下駄箱までなんとかたどり着いた俺は、HRが始まるまで屋上で時間を潰すことにした。
「それにしても不気味だったな…。」
下駄箱で解散。
女子先輩が言っていた通り、あんなに行儀良く並んでいた生徒達は下駄箱で何か洗脳でも解けたかのように散らばっていった。
「…そんなに夢中になるほどなのか?」
彼らが夢中になる聖女様とやらがどれほど美しいか知らながいが、普段から思緒姉ちゃんという例外中の例外を目にしているのでいまいちピンとこない。
「案外、本当に洗脳とかしてたりな。」
流石に有り得ないかと笑う。
「きゃっ!?」
「うおっ!?」
3階に差し掛かった時だった。
廊下の角から不意に現れた女子生徒とぶつかった。
俺は持ち堪えたが、女子生徒は尻餅をついてしまった。
(むむ…白か。……………え?)
………………白い。
パンツではない。
その髪が、その肌が…驚くほどに。
「ちょっと!どこ見て歩いてるの!?」
「………。」
「ねえ聞いてる!?」
女子生徒の声で自分が見惚れてしまっていたことに気づく。
「…あっ、す…すみません。大丈夫でしたか?」
「へ、平気よこれくらい!」
起こそうと思って差し伸べた俺の手を払って、女子生徒は立ち上がる。
目つきが鋭い。
茶色というよりは淡い赤に近い瞳はキッとこちらを睨んでいる。
「なに?まだ何か用?」
「いや、特には…。」
「そ。それじゃ。」
フンッとそっぽを向く仕草をわざとらしく披露して、女子生徒は俺の横を通り過ぎて4階へ上がっていく。
優雅な、自分が美しいと分かっているような足取りで。
「…貴方、名前は……」
「ちょっ!?」
3階と踊り場の中間あたりで急に振り返った女子生徒が、足を滑らせて落ちる。
身体が勝手に動いた。
今は自分の体に感謝するほかない。
もしこの時何もできなければ、俺は後悔していただろうから。
「いってぇ……」
「………。」
なんとかキャッチできた俺はそのまま後ろに倒れ込み背中を打ったが、彼女は俺に覆い被さる形で倒れたためそんなに痛くなかったはずだ。
それにしても小さい。
緊急事態だったとは言え思わず抱きしめてしまったが、もしかして真実よりも小さいのか?
そして何より…やはりこの白い髪だ。
ものすごくふわふわしている。
羽…そう羽のような感じだ…うまく説明ができないが、とにかくすごい。
「あ、おの〜…大丈夫ですか?」
「……。」
おかしい、反応がない。
プルプル震えてるし…もしかしてどこか打ってしまったのか?
「……ぁ……」
「え?」
「……あ、あ………だ、大丈夫よ!」
跳ねるように俺から飛びのいた女子生徒はそのまま階段を駆け上がっていった。
「…お礼も無しかよ。」
(しかし随分と印象と違うなあ。)
今の女子生徒が聖女様で間違いない。
先天性白皮症。
アルビノと呼んだ方が馴染み深いだろう。
あの白い肌と純白とも言える髪。
高校3年生としては小柄な体格も相まって生徒たちから神格化されるのも納得の容姿だった。
しかしなんというか…
どうにも剣崎会長が言っていたような、神様扱いを受ける理由がわからない。
なにか理由があるのかそれとも…
ほとんど話せなかったが、彼女から俺に対する第一印象は最悪といえる。
(向こうから話してくることもないだろうし、一眼見れただけでも良しとするかあ。)
「ん?」
いつまでも廊下で寝転んでいるのもまずいので、立ち上がろうとした時に手に触れる妙な感触があった。
「……ハンカチ?」
それは白いハンカチ。
俺はハンカチなんて持っていなかったから、すぐに持ち主が誰か分かった。




