雨と涙②
降り頻る雨の中を、傘もささずに走り抜けていった女子生徒。
一瞬ではあるが、彼女と確かに目が合った気がした。
もちろんそんな気がしただけであって、俺の勘違いであるという可能性の方が高い。
しかし何故だろう、あの女子生徒のことが無性に気になってしまっている。
あれはまるで何かから逃げているような、必死な走りだった。
「こんにちは」
それはあまりにも突然だった。
雨にかき消されたのか、足音がまるで聴こえなかった。俺の後ろにいつのまにか立っていたのは、校門付近で人垣の中心にいた女だった。
女子生徒と同じく傘はさしていない。
若くも見えるし少し歳をとっているように見える。
女性には化粧というものがあるから見た目と年齢は必ずしも一致しないというのは分かるが、この女の場合は違う意味で年齢が分からなかった。
細い。
ジーンズに上はシャツ一枚、雨で張り付いて下着の形まで分かるがそんなもの気にならないくらい体の至るところが細い。
張り付いたような笑顔と相まって不気味さすら醸し出していた。
「女の子、走ってこなかった?」
女は妙に聞き取りやすい、ハキハキとした口調で続ける。
「野宮さんって子、君同級生でしょ?」
(野宮…なるほど、あの子がそうか…)
その苗字には聞き覚えがあった。クラスの男子連中がよく話題に出していたのだ、3組に超美人がいるとかどうとか。
最初は高校生男子が作り出した幻想か何かだと思っていたが、一瞬すれ違っただけでも彼らの言っていたことに納得できた。
「え、えぇ…見ましたよ。傘も刺さずに走ってって…あの十字路を右に曲がって行きました。」
もちろん嘘だ。
何故かは分からないが、この女には教えない方が良いと直感が告げている。
「そう、ありがとう」
女は変わらず聴きやすい声でお礼を言って、俺の横を通り過ぎた。
「あ…君、家内陽満君って知ってる?もしくは妹の真実ちゃん」
女の首がぐるりと回転したような、そんな錯覚を覚えた。
「し、知らないですけど…」
急に自分と妹の名前が出てきて心臓が強く握り締められたような恐怖心を覚えた。
得体の知れない存在に自分が探されていると思うと、怖くてたまらない。
「そう…ありがとう」
今までとは打って変わって抑揚のない、平坦な声で女は答えると、そのまま歩いて十字路を右に曲がっていった。
(怖い!…なんだ今の怖すぎるだろ!)
蒸し暑くてもとから汗をかいていたのもあるが、冷や汗で寒さすら感じる。
とりあえず妹にまっすぐ家に帰るよう連絡して、俺は十字路を左に曲がった。