聖女①
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その日、珍しく野宮さんから迎えに来れないと連絡があった。
連絡自体は前日の夜には来ていたが、重要なのはそこではない。
そう、今日は久しぶりに一人での登校だ。
野宮さんが迎えに来るようになってからは毎日のように一緒だったから、実際の日数よりもずいぶん久しぶりに感じる。
…それに野宮さんはめちゃくちゃ頻繁にメッセージを送ってくるからな…。
野宮さんと立花さんのことを知る。
二人の過去を知る前に、俺は基本の基本である連絡先の交換から始めた。
家族以外の連絡先が俺の携帯に登録されるのはほぼ初めてのことだったので最初は嬉しく思ったが、毎晩毎晩送られてくるメッセージに若干の拒否反応を起こしかけていた。
「ふーんふんふん〜っと」
久しぶりの開放感に、鼻歌だって口ずさんでしまう。
「何よあんた、朝から気持ち悪いわね。」
母さんがリビングで嫌な顔をしているが気にしない。
「行ってきまーす。」
「早すぎない?まだ真実も出てないわよ?」
「いいのいいの、なんせ今日は気分がいいんだから。」
「…あっそ。」
なにか可哀想なものを見る目で俺を見る母さんを放って、俺は玄関を開け放った。
思緒姉ちゃんの見送りも今日はない。
今頃俺のベッドで二度寝でも始めている。
相変わらず起こし方が独特だし目覚まし時計を勝手に止めたりすることもあるが、基本的に思緒姉ちゃんは朝に弱いのだ。
「…ほんとにいない。」
いつもなら家を出てすぐ野宮さんが待っているが、今日は姿がない。
どうやらドッキリだとかそういうのではないらしい。
軽快な足取りで通学路を進む。
足が軽い、それこそ足に羽が生えたような気分だった。
野宮さんとの登下校にも慣れ、楽しさすら感じるようになってきていたが、やはり周囲からの視線とか会話だとか…色々神経を使う。
「蝉の鳴き声すら心地いいなあ。」
まだうるさいほどではないが、蝉の声がよく聞こえ始めた。
周りが山に囲まれた町だから、それこそ8月になってくると夜までうるさくなる。
「流石に早く出過ぎたか?」
気分に任せて、考えなしに行動した結果ではあるが、俺は学校まであと数分というところまで歩みを進めていた。
今通っている道の突き当たりを左に曲がれば、すぐに学校の校門が見える通りに出る。
時刻は現在6時35分。
真実は今家を出た頃だろうか。
部によって違うが、大体朝の部活動が始まるのが7時とか7時半と真実が言っていたはずだから相当早い。
というかよく考えれば門とか開いてるのか?
「まあいいか!着いてから考えよう。」
俺は夏休みの宿題も最終日までズルズル放置してしまう派だ。
「……は?」
高校と面した道路に出た俺は、思わず間抜けな声を上げた。
それは異様な光景だった。
多くの生徒が列をなして登校しているのだ。
それも小学生の集団下校のような感じで…。
いや、どちらかというと大名行列と称えた方がいいだろうか。
とにかく、生徒の列が俺の今立つ場所から道路を挟んだ反対側。
学校側の歩道に並んで進んでいる。
こんな登校風景は見たことがない。
俺の通う高校は部活動が盛んだ。
全校集会のたびにどこかしらが表彰を受けているようだし、校長室の近くには多くのトロフィーや盾が飾られている。
しかし入部を強制するような校則があるわけでもなく、帰宅部率も低くない。
だからこそ、俺がいつも登校する時間帯には多くの生徒が登校している。
しかしその様子は三者三様であり、友人同士とか、はたまたま彼氏彼女と一緒にだったりだとか。
それこそあらゆる方角からゾロゾロとやってくる。
こんな…こんな一方向から列になって並ぶなんてことはないのだ。
生徒の列は歩道ギリギリ、3人ほどが横並びで続いている。
並んだ生徒は男子女子入り混じっており、そのほとんどが笑っている…というよりもニヤけている。
長さは校門から…どこまで続いているんだ?
列の先は曲がり角で曲がっており、それより先は確認できなかった。
(ぶ…部活してる奴らの決まりで登校する時は集団で…とかじゃないよな?)
それならまだ家を出たばかりのはずの真実はアウトだ。
「見てみて!すっごい綺麗に撮れた!」
「ホントだ!可愛い〜!」
行列から道路を挟んだ、こちら側の歩道に二人の女子生徒……リボンの色からして3年生。
「す、すみません。」
「なに?」
「いや、この列って…」
「…あぁ、これ?これは姫ちゃんの列だよ。」
「…姫ちゃん?」
名前だろうか?
「知らない?聖女様だよ聖女さま!」
「聖女?」
「よく表彰とか受けているから有名だと思うんだけどなあ。」
ご存知!みたいな感じで女子先輩は言ってくる。
申し訳ないが、校長の話や表彰式は無駄に長いしつまらないしで真面目にみてないし聞いてない。
しかし聖女様か…つまりこの列はその姫ちゃんとかいう生徒ひとりのために伸びているのか…。
そういえば、この学校の生徒は表彰式のたびにやたらでかい歓声と拍手を送ってる気もしないでもない。
この学校には神様のような扱いを受けている生徒がいる。
いつの日か聞いたその言葉を思い出す。
…剣崎会長と同じ、特別扱いを受けている生徒で間違いない。
少し…ほんの少しだけ興味が湧く。
姫ちゃんという生徒、彼女を神とするならこの列は全て信者。
これほど絶大な人気を誇る生徒がどんな人物なのか。
「あの、列の先頭に行けばその聖女様に会えますかね?」
「あー…無理無理、姫ちゃん学校の中まで付き纏われるの嫌いだから。この列も下駄箱で解散してるよきっと。」
(下駄箱まで続いてんのかよ…。)
「そ、それじゃあ写真とかって…。」
「少年…。」
「はい?」
女子先輩は二人で頷きあった後、俺の肩に手を置いて真剣な顔を作った。
「すぐ分かるから。自分の目で見てみな…眼福やで…。」
おっさんみたいだった。




