トイレ③
「教えて。野宮さんとどこに行ってたの。」
立花さんは興奮気味に迫ってくる。
その間にはやはり冷静さは感じられない。
「お、落ち着けって!というか手を離してくれ!」
未だ俺の右手は彼女の左胸に押さえつけられたままだ。緊張と困惑の感情に支配されて感触など全く分からないが。
「あぁもううるさいな!」
突如として、俺の太ももの上に柔らかな感触を感じた。
立花さんが対面の姿勢で俺の上に座ったのだ。
「お、おい…?」
「もし教えてくれたら私の処女あげるよ。」
耳元で囁かれた言葉は、俺の脳に溶けるようにして響く。
「は…はぁ!?なんでいきなりそんな話になるんだよ!」
「なによ!どうせ童貞でしょ!卒業させてやるって言ってるのよ!」
「つ、釣り合わないだろ!?」
「なっ!失礼ね!私に価値がないっていうの!?」
話が噛み合ってない。
「違う!野宮さんの話をお前にするのと、お前の…しょ…処女がどうとかってのとは釣り合わないだろってことだよ!」
何かに気づいたのか、立花さんは目を丸くして一瞬黙った。
「……あぁ、そうね。そうよね。わ…私何言っちゃってんだろ…。」
いつのまにか右手も解放されている。
立花さんは爪を噛みながらなにかブツブツと思案していた。
「…な、なあ。」
「なに。」
「なんでそんなに野宮さんに拘るんだよ。」
目つきが怖い。
やはり野宮さんのことはよく思っていないようだ。
「言ったでしょ、人殺しだって。」
「いや、それだけ言われても…」
それに…
『立花さんは私の両親を殺した人の娘です…』
あの発言を聞いては…
「あの子に何か言われたの?」
どうやら不安が顔に出ていたらしい。
「あの子は私のことなんて言ってた?」
「いや、特には…」
言えるはずない。
「ほんと?」
「…ほんと。」
「嘘が下手なんだね。」
立花さんは俺の唇に人差し指を当てて言葉を遮る。
その仕草と表情は妙に艶かしかった。
「最後の質問、野宮さんに好きとか付き合ってとか言われた?」
「……。」
『私のものになってください!』
あの発言は告白とも取れるかもしれないが、状況的にはもっと別。俺の貞操の危機だった。
「言われてない…」
俺の言葉を聞き、立花さんの表情が変わる。
この表情は見たことがあった。
タイツを嗅いだ俺を見た時の…新しい玩具を見つけた子供のような目。
その表情は、なにかに対して勝ったと確信したような。とにかく、そんなニヤついた顔だ。
「それじゃあ私が一番乗りだね。」
「私と付き合おうよ。」




