トイレ②
教師が板書したことをツラツラとノートに書き写す。
書き写しているだけで、今どんな内容をどんな風に教師が説明しているだとかそういうことは理解していない。
極力頭の中を無にして、それだけに努める。
基本的に俺は家での思緒姉ちゃんとの復習でテスト対策をしているので問題はない。
授業中に理解しようとしてないことを復習と言うかは置いといて、とにかくそれである程度の順位は維持できるのだから姉様々である。
思緒姉ちゃんによれば、今の俺くらいの順位を維持していれば隣県の大学にも行けるとのことだから心配いらないだろう。
なぜ隣県の大学かと言われればやはり思緒姉ちゃんが言ってたからという、主体性のかけらもない理由になるのだけれど。
将来の夢とか、就きたい職業とか言われてもいまいち思い浮かばない。むしろ姉の言うことを聞いておけばなんだかんだ上手くいくとさえ思っている。
うん、我ながら完璧な人生設計だなあ。
そんなくだらないことを考えていると、ツンツンと右腕を指で突かれた。
もちろん相手は一人しかいない。
いつも授業中は寝ているはずの隣人、立花あきだ。
抗議の目を向けると、立花さんは自分のノートになにやらメッセージを書いて俺に見せてきた。
『野宮さんとどこ行ってたの。』
筆談である。
小学校や中学校の頃、生徒の間で授業中の文通行為が流行っていたのを思い出した。
『内緒だ。』
『なにそれずるい。』
『ずるいってなんだよ。』
『野宮さんには関わらない方が良いって忠告したよね?』
『俺からは別に関わってない。向こうから来るんだ。』
『はっきり断ればいいよ。迷惑だって。』
『それは…できない。』
野宮さん、そして立花さん。どちらのことも俺はよく知らない。
二人がお互いを嫌い合うなにかが合ったことは分かるが、言葉だけでそれを理解してどちらかとの関係を切れるほど俺は冷徹にも合理的にもなれなかった。
「あ……あいたたたっ!」
突然、立花さんがお腹を押さえて声を上げる。
「せ、先生!体調が悪いのでちょっと保健室に…」
「おーう。そんじゃあ…」
「私がついていきます。」
自信満々に手を挙げたのは、このクラスの委員長。
立花さんとはよく休み時間に喋っている姿を見る。
「い、いや!席も近いしちょうどいいので、家内君に連れってもらいます!ね、良いよね家内君!」
「は?お、おい!」
「気をつけろよー。」
立花さんに腕を掴まれ、引っ張られる。
教師は面倒くさいのか、それともゆるいのかは判断できないがとにかく返事がてきとうだ。
教室を出る瞬間、委員長と目があった気がしたが気のせいだと思いたい。
だってすごく睨んでたし…。
「お、おい!立花さん!?」
俺の腕を掴んだまま、立花さんは迷わず進む。
しかしその方向に保健室など無い。
「ちょ、ちょっと待て!ここはまずい!絶対まずいって!」
「良いから!」
俺が連れてこられたのはこの時間は使われていない校舎4階、文化部の部室や運動部が倉庫兼更衣室として使っている予備の部室が並ぶ階の女子トイレ。
その個室のうちのひとつ。
連れ込まれた勢いのまま便座に座らせられる。
そして、彼女は俺の右手を自らの胸にあてがった。
「なにして…!」
「静かにしてくれないと…叫ぶよ。」
立花さんは顔を真っ赤に染めてこそいるが、表情は真剣そのものだった。
俺はつい数十分前のことを思い出す。
この強引な感じは間違いなくデジャヴだ。
「教えて、野宮さんとどこ行ってたの。」
 




